ウクライナから日本に避難してきた大学生が「車いすダンス」に挑戦 夢の実現に涙「私はハッピーです」

2022年6月25日 12時00分


四本信子さん(左)の押す車いすに乗り、四本紀代美さん(右)と踊るマルタさん=東京都港区で

 ロシアによる侵攻が続くウクライナから、車いすの大学生マルタ・イヴァシェンコさん(20)が、東京都内に避難した。在日ウクライナ大使館から「初めての車いすの避難民」と言われたといい、母国に残る父親の身を案じながらも、夢だった「車いすダンス」を体験すると喜びの涙があふれた。(加藤益丈)
 港区内の公共スタジオで11日に開かれた一般社団法人「パラダンスクリエーターズ」主催の車いすダンスの定期講習会。マルタさんは、身元引受人であり、車いすダンスを世界に広めた四本信子さん(80)=品川区=の押す車いすに乗って参加した。最初は緊張から顔も体もこわばっていたが、徐々に緊張が緩んだか、最後は音楽に合わせて表情を変えたり、手を動かしたりした。
 マルタさんは首都キーウ(キエフ)にある大学で心理学を学んでいた。脳性まひによる四肢まひで、車いすは欠かせない。2月24日にロシアの軍事侵攻が始まると、自宅のあるキーウ近郊の町は攻撃を受け、恐怖から涙を流した。

車いすダンスの体験を終えたマルタさん(左手前)。同じスタジオで練習した子どもたちからポケトークを使って交流した=東京都港区で

 翌日はロシア軍機が上空を低空で飛び、自宅にとどまることに恐れを抱き、南東約200キロにある祖母の家に両親と3人で避難した。そこでは直接の攻撃はなかったが、警報が鳴り響き、素早い移動が難しいマルタさんは強い不安を抱え続けていたという。
 マルタさんと母親のマリナさん(45)は出国を決意し、5月に父親の運転する車でポーランドに出国した。同じく避難した大学の友人や教員ら計6人で日本に避難することにし、同30日に羽田空港に到着。今はポーランドで別れて自宅に戻った父親を心配しつつ、大田区内の一時滞在場所でリモートで大学の授業を受けるなどして暮らしている。
 車いすダンスは、マルタさんがウクライナにいるときからの「夢」だった。2年前、友人が踊るのを見て、自分もいつか踊りたいと願っていたという。
 「表現したいという気持ちが伝わってきた」。信子さんの娘で、パラダンスクリエーターズ専務理事の紀代美さん(58)はマルタさんと踊りながら、変化の大きさに驚きつつ笑顔を浮かべた。
 マルタさんは体験後、感極まったのか涙ぐみながら、覚えたばかりのたどたどしい日本語で声を絞り出した。「ハッピー。私はハッピーです」
 今後も車いすダンスに挑戦したいという。

 車いすダンス 1950年代の英国や米国で、車いすの2人がペアになり踊るスタイルが誕生したのが発祥。その後、車いすの人と健常者がペアになるスタイルがドイツで登場すると、ドイツに留学していた四本信子さんが習得し、日本やアジアに広めた。このスタイルは「車いすダンススポーツ」として定着し、98年に国際パラリンピック委員会(IPC)の正式種目となり、2014年に韓国の仁川インチョンで開かれたアジアパラ競技大会では正式種目となり日本は銀メダルを獲得した。

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