<竿と筆 文人と釣り歩く>「令嬢アユ」太宰治

2022年6月26日 07時07分

相模川の流れが緩い淵で毛バリを使ったアユ釣りを楽しむ釣り人=いずれも相模原市緑区で

 太宰治に「令嬢アユ」という短編がある。大学を落第寸前で「小説家になるより他は無い」と心に決めた「佐野君」という若者が、文士を気取って原稿用紙をかばんに入れ、旅に出る。

◆伝統の「アユ毛バリ」 心惑わす「お染」

 向かったのは伊豆の温泉場。宿の前の川で釣りのまね事などをするうちに、若アユのように愛らしい一人の女性と知り合った。女性は釣れない佐野君に、自分の蚊針(かばり)(毛バリと同じ意味)を差し出した。
 「この蚊針はね、おそめという名前です。いい蚊針には、いちいち名前があるのよ。可愛(かわい)い名でしょう?」
 佐野君は「おそめ」を使ってアユを釣る。それと同時に女性に心を奪われ、なんのことはない自分が釣られてしまった。ところが女性は、どうやら「令嬢」などではなく…。

長さ1センチほどのアユ毛バリ「お染」

 太宰本人は東京帝大在学中に文学を志し、作家の井伏鱒二に弟子入りする。井伏は有名な釣り好きで太宰にも勧めるが、どうにも相性が悪かったらしい。そんな話を下敷きにすれば、どうも「佐野君」は太宰本人の投影らしいと思えてくる。なにより「おそめ」という蚊針の名前が興味深い。
 江戸時代から続く伝統の釣り、「アユ毛バリ」の第一人者である澤渡要さん(86)によると、「お染(そめ)」と呼ぶ毛バリは実際に存在し、もともとはキジの尾羽を染めたので「尾染」という字だったという。ところが明治の頃、歌舞伎や浄瑠璃で評判だった「お染久松の心中物語」にちなみ、「お染」の名で売り出すと飛ぶように売れたのだそうだ。
 太宰が「令嬢アユ」を発表したのは一九四一年。玉川上水に身を投じて心中自殺したのは、この七年後のことである。

毛バリ釣りの魅力を語る日本鮎毛バリ釣り団体協議会の澤渡要会長

 ところでアユ毛バリとは、どんな釣りなのか。
 前出の澤渡さんによると、毛バリや蚊針と呼ばれる疑似餌で掛ける釣りで、流れの緩い場所で釣ることから「ドブ釣り」とも呼ばれる。江戸時代末期に始まったとされ、アユの釣り方では、最近は戦後に始まった友釣りが隆盛だが、歴史は毛バリの方がはるかに長い。
 しかし本来、コケを食べるはずのアユが、なぜ疑似餌にかかるのか。「ネコじゃらしみたいなもので、反射的に飛び付くのだと思うが、これを話せば議論白熱。結局、正解はアユに聞けです」と澤渡さん。

笠をかぶり伝統釣法のアユ釣りを楽しむ親子

かかったアユを玉網で慎重に取り込む

 長さ一センチほどの毛バリは数百種以上が伝わっており、専門の職人が手巻きする。鳥の毛や絹糸などを緻密な手順で巻いてあり、伝統工芸品の趣がある。
 さて釣りである。
 澤渡さんが会長を務める「日本鮎(あゆ)毛バリ釣り団体協議会」所属の「東京鮎毛バリ釣り研究会」の面々と相模川に向かった。お借りした九メートルの長竿(ざお)を持ち、流れの静かな淵に立ち込む。重りの上に三本の毛バリが付いており、ゆっくり上下させると、きゅんと引きがあり、竿先が引き込まれる。
 ここからが難しい。取り込みは長い振り出し竿を少しずつ縮めてくることになり、この途中で何回、ばらしたか。悪戦苦闘の末に釣果は九尾。会員の中には百尾ほど釣った人もいた。
 印象をいえば、とても静かで優雅な釣りだ。釣り人が数メートル間隔で立ち込むこともでき、和気あいあいと楽しめる。この日も親子や夫婦で参加した人もいた。
 黄金色に輝くアユの魚体は太宰ならずとも悩殺されそうなほどなまめかしい。天ぷらにして食べると夏の香りがした。
<太宰治(一九〇九〜四八年)> 小説家。自殺未遂や薬物中毒を繰り返しながら、「走れメロス」「津軽」「人間失格」などの作品を発表。「斜陽」はベストセラーとなり、「斜陽族」の流行語を生んだ。
 文・坂本充孝/写真・田中健
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