「中東の火薬庫」レバノンの今 政治改革の兆しも経済は低迷続き 市民は「自国通貨が紙くず同然」と嘆き

2022年6月27日 12時00分

5月31日、ベイルートの議会前で新人議員に声援を送る支援者たち。政治改革を求める声は強い

 1975年から断続的に内戦や軍事衝突が続き、その不安定な情勢から「中東の火薬庫」とも呼ばれるレバノン。岐阜県ほどの小国にはイスラム教やキリスト教など18の宗教・宗派が混在し、諸外国の思惑に左右されながら、危うい均衡を保つ。2019年以降は経済悪化に伴って反政府デモが拡大。5月の国民議会選ではデモ隊出身者が議席を獲得するなど改革の兆しはあるものの、回復しない経済や汚職がはびこる腐敗政治に、市民は我慢の限界を迎えている。(ベイルートで、蜘手美鶴、写真も)

◆18の宗派が混在、内政に周辺国の思惑も

 「私たちが後ろにいる。私たちの声を届けて」。5月31日、レバノン議会初日。議会前には数百人の市民が詰めかけ、議会選で初当選した「改革派」議員13人に声援を送った。13人は政治改革を訴えてきたデモ隊出身で、北部トリポリから駆けつけたシャダ・カッサーブさん(50)は「彼らは私たちの仲間。市民の『目』となって、間違った政治を正してほしい」と期待する。
 反政府デモは2019年秋、ベイルートの街頭から始まった。治安部隊と衝突しながらも、政治刷新や早期選挙を訴え続け、議員誕生につなげた。期待が膨らむ一方で、議会初日にあった議長選では、1992年から議長職に就くイスラム教シーア派重鎮ベリ氏(84)が再選。一部の政治家が権力を独占する構図が、改めて浮き彫りとなった。

ベイルート市内でインタビューに応じる新人議員のファンジュ氏。宗派主義の撤廃を目指す

 18の宗派が混在するレバノンでは、政治の主要ポストや議席数を各宗派ごとに割り振る「宗派主義」に基づき、大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、議長はシーア派から選ばれる。一部の宗派が突出するのを避けるためだが、汚職がはびこる原因にもなっている。
 30年以上続く政治制度を変えるのは容易でないが、新人議員のラミ・ファンジュ氏(57)は「路上で改革を訴えていた私は、今は議会にいる。少しずつ変化は起きている」と訴える。
 13人の議員の宗派はそれぞれ異なり、宗派主義撤廃を掲げて「超宗派」の政党をつくった。レバノンでは初の出来事で「宗教・宗派にとらわれず、まずは議会内で勢力を拡大したい」と強調した。
 ベイルート南部のダヒエ地区では、イランで見かける全身黒の衣装「チャドル」姿の女性が目立つ。イランが支援するシーア派組織ヒズボラの強力な支配地域で、イランの影響力が強く感じられる地区だ。
 レバノン政治は宗教・宗派に加え、周辺の地域大国から受ける影響が大きい。シーア派大国イランはヒズボラに資金や武器を提供し、「スンニ派の盟主」サウジアラビアなどは同派勢力を金銭的に支援。米国や旧宗主国フランスはキリスト教勢力と近く、経済的なつながりは強い。「重鎮政治家の背後には特定の外国勢力がいるのが常だ」と地元ジャーナリストは語る。
 大国の思惑がレバノン内政を左右することもあり、レバノン人評論家サーキス・アブゼイド氏は「地域大国同士の関係性が変われば、レバノン情勢も連動して大きく変わる。レバノンの未来は国内の要素だけでは語れない」と指摘する。

◆自国通貨が暴落、経済の混乱続く

 ベイルート最大の繁華街ハムラ地区。目抜き通り沿いの両替所には朝から人だかりができていた。経済悪化が著しいレバノンでは、日ごとに通貨レバノンポンド(LBP)の対米ドルレートが大きく変動する。1日で1万LBP近く下落する日もあり、そうした日には市民が両替所に殺到する。
 経済悪化前の2019年は1米ドル=1500LBP台だったが、現在は2万LBP台後半に暴落。インフレが進み、19年は1キロ約2万LBPだった鳥肉は10倍に、政府補助のパンも8倍近くに高騰した。ウクライナ危機の影響でパンの値段は上がる一方という。
 大学教授ムハンマド・ハラウィさん(48)の月給「750万LBP」は、数年前のレートでは約5000ドル(68万円)だったが、今は250ドル(約3万4000円)程度。「LBPは紙くず同然になった。物価高騰は止まらないし、どう暮らせばいい?」と嘆く。
 電力不足も深刻。政府は財政難から燃料を輸入できず、発電所が稼働できない日が相次ぐ。一日数時間程度しか通電せず、繁華街でも夜は街灯がともらない。飲食店でも頻繁に停電し、電気が消えるたび、客は携帯電話のライトを使って食事を続ける。エアコンや冷蔵庫が動かず、市民生活に大きな打撃を与えている。

大規模爆発で亡くなった夫の写真を掲げてデモをする女性たち。原因究明を求めている =5月31日、ベイルート市内で

 20年8月にベイルート港で起きた大規模爆発からの復興も、資金不足で進まない。2年近く経過した今も街中には廃虚が残されたまま。港で自動車修理工場を営む男性(45)は昨年夏、国連の支援金でようやく工場を再建した。「政府からの支援?そんなものはゼロだ!」と笑い飛ばした。
 爆発では224人以上が犠牲となっている。遺族や負傷者への政府補償もなく、原因調査も止まったまま。「爆発の責任が誰にあるのかも分からない。泣き寝入りしかないのか」。ベイルートで反政府デモに参加していたアジュワッド・シャーヤさん(59)は、亡き長男ジャワッドさん(32)の写真を掲げて訴えた。

◆50年近く「ずっと戦争。もううんざり」

 昨年10月、ベイルート中心部に近いタイユーナ地区で突如、銃撃戦が始まった。デモをしていたイスラム教シーア派組織ヒズボラの支援者に、キリスト教右派勢力とみられるグループが発砲。ヒズボラ側は携帯していた銃で即座に応戦し、一帯は数時間にわたって「戦場」となった。
 銃撃戦を見て、1975年から続いた内戦を思い出した市民は多い。イスラム教徒とキリスト教徒の衝突で始まった内戦により、ベイルート市内はキリスト教徒が住む東部とイスラム教徒が多い西部に分断。境界線には、双方の狙撃兵が潜伏し、仕事などで両地区を行き来した住民が射殺された。内戦は15年続き、犠牲者は約15万人。市民の間に大きな禍根を残した。
 市内で野菜の卸売りをするイスラム教スンニ派のビラル・オマイラットさん(42)は「何か起きたとき」に備えて、今も家に銃を置いている。「みんな銃は持っている。政治や経済が不安定なときは、いつ、何かのきっかけで内戦になるか分からない」。宗教・宗派が違えば、ある日突然、隣人が敵になりかねない恐怖がある。
 港近くに住むキリスト教徒のアルメニア人レボン・ケシケレキョンさん(56)は、最近の情勢が「きな臭い」という。ヒズボラの軍事力はレバノン軍を上回り、隣国イスラエルと敵対関係が続く。「レバノンは75年から今もずっと戦争だ。経済戦争に政治戦争、もうみんなうんざりだ」と吐き捨てた。
 改善しない経済に、くすぶる市民の不満。「きっとそのうち、本当に内戦になる」とつぶやいた。

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