物言える企業風土を根付かせるには? 心理的安全性が不祥事防ぐ<民主主義のあした>

2022年6月27日 06時00分
 心理的安全性が確保されない企業風土が背景にあるのでは—。みずほ銀行で昨年、ATMにキャッシュカードがのみ込まれるなどシステム障害が相次いだ事態を巡り、弁護士らの調査報告書はそう指摘した。新型コロナウイルス禍で先行きが見通せない中、企業などの意思決定のあり方もあらためて問われており、組織のメンバー一人一人が不安なく自由に意見を出し合える「心理的安全性」が、注目されている。(畑間香織、山田晃史、渥美龍太)

社長や社員も参加する相互評価について話す「面白法人カヤック」の村上雅哉さん。顔写真を選ぶとその人の評価が見られる


 米グーグルが2015年11月、成果を上げる組織に重要な要素だと発表したのをきっかけに、さまざまな企業に広がりつつある。自由にものが言えない組織の風土が、不正や死亡事故の温床になってきたからだ。
 神奈川県鎌倉市のIT企業「面白法人カヤック」は、社長から若手社員までが上下関係を超えて評価し合い、互いの失敗や指摘から学び合って、成長することを目指している。
 「権力者」にも対等に意見を述べることは民主主義の根幹。意思決定や指示の上下関係は保ちながらも、人として相互に尊重し、忖度そんたくなしの意見を言いやすい組織をいかにつくっていくか。地域の団体、学校、そして家庭などにも共通する課題だ。

◆社員が社長に意見を言える

 組織の中で誰もが気兼ねなく意見を述べられ、自分らしくいられる環境を指す「心理的安全性」。上下関係のある組織へ取り入れると、ミスが隠されずに報告されて不祥事を防ぐ—といった研究結果も出ている。ぬるま湯になりかねないとの見方もあるが、企業の具体的な取り組みは…。
 「ユーザーのことが見えていない」—。
 IT企業、面白法人カヤック(神奈川県鎌倉市)のある社員が、柳澤大輔社長(48)に対し、批判とも取れる意見を社内ネットワークのサイトに書き込んだ。柳澤社長は「ここまでオープンに書いてくれるのが最高です。みんなが見れば、カヤックの文化を学ぶので、ありがたい」と返した。
 カヤックは2010年ごろから、社長や幹部、若手社員も参加して相互評価する「360度フィードバック」を続けている。自らの目標や失敗を通じて学んだことを書き込み、自分やその上司が指名した4人から評価される仕組みだ。やりとりは全て、実名のまま全社員が閲覧できる。参加は任意で、給料など報酬にはひも付けない。
 入社17年目の長谷川裕子さん(43)は「社員の成長を会社の成長につなげるためにやっている」と話す。カヤックは心理的安全性という言葉こそ使っていないが、全員が対等にもの言える風土を目指している。

◆心理的安全性の低さが不祥事の温床に

 心理的安全性は1999年、米ハーバード大のエイミー・C・エドモンドソン教授が提唱した。著書「恐れのない組織」(訳・野津智子氏、英治出版)には、組織にこの考えが根付いていないことで起きた不祥事が紹介されている。
 医師がミスを起こしそうな兆候を看護師らが把握していながら、保身から沈黙した事例が象徴的だ。7人が死亡した米スペースシャトル・コロンビア号の事故でも、エンジニアが事前に異常に気づいていながら、上司に確認を強く求めることができなかった。ディーゼル車の排出ガス量を偽る不正が発覚した独フォルクスワーゲンなど、トップシェアを誇った巨大企業の転落も、心理的安全性の欠如が要因とみた。
 日本の組織の不祥事も、心理的安全性が確保されない環境によるとみられる事例が増えた。検査不正があった三菱電機の調査報告書では、「言ったもん負け」の風土が問題視された。

「声を上げられる組織かどうかが重要」と話す日本ラグビー協会元理事の谷口真由美さん

 大阪芸術大の谷口真由美客員准教授(47)は日本ラグビー協会の改革を頼まれて2019年6月、理事に就任。「協会のおかしいと思った点を指摘したが、私だけ『目線が合っていない』と言われた」と振り返る。役職を外れ、21年6月に退任した。「そもそも声が上げられる組織かどうかが重要だ。多様な意見を取り入れられない組織は発展しない」と実感している。

◆真因の究明を

 企業法務に詳しい久保利英明弁護士は「(心理的安全性のない風土は)不祥事企業に共通する」として、「もの言えぬ風土がなぜできたか、真因を突き止めることが大切」と強調する。仕組みさえ導入すれば不祥事を防げるほど万能ではない、とも指摘する。
 環境の変化が激しい国際競争を組織が勝ち抜くためには、スピード感のあるトップダウンが最適との考え方も根強くある。何でも言い合えるだけでは意思決定が遅くなり、なれ合いや「ぬるい」職場につながるだけとの懐疑論からだ。
 カヤックで入社4年目の村上雅哉さん(28)も360度フィードバックの仕組みが「遠慮して厳しい評価を書きにくい」と気付き、「当たり障りのないコメントではなく相手に響くことをサイトに書く」よう心がけている。建設的な対立が新しいアイデアにつながる。そんな風土を生み出すための模索が続く。
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