<ひと ゆめ みらい>母から継承 街の魅力発信 谷根千工房代表・川原温さん(39)=文京区

2022年6月27日 07時24分
 二〇〇九年まで四半世紀にわたり東京都台東区谷中や文京区根津、千駄木の話題と歴史を紹介していた「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」。終刊後、地域イベントに参加するなどしていた発行元「谷根千(やねせん)工房」に解散の話が持ち上がった際、引き継ぐことを決意し、昨年六月に代表に就任した。この一年、工房の未来を考えてきた。
 「谷根千」がエリアの代名詞になるほどの影響力を残した同誌の元編集人だったのが、作家で母の森まゆみさん。自身はフリーの大工として国内外の寺院や文化財の修復を手がけていたが、母から会社を畳むと告げられ、こう思った。「母たちが雑誌で伝え続けた谷根千の魅力を僕が残す番だ」
 雑誌は自分が生まれた翌年、母が地元の仲間と創刊した。仕事で駆け回る母の姿をわずかに記憶しているが、関心はなかった。小学生で始めた野球に夢中だった。プロを目指していたが、大学一年で膝や肘を壊して夢を断念。大学も辞め、「中ぶらりんな状態」だったという。
 見かねた母が地元の工務店を紹介してくれた。昔気質の親方の話を聞き、生活に欠かせない住まいを作る大工の歴史や、わずかな手抜きも許されない仕事ぶりに興味を抱き、大工の道を志した。親方も受け入れてくれた。「明日から来い」
 必死に仕事を覚えた。数年後、「もっといろいろな技術を学びたい」と滋賀県の社寺専門の工務店に転職。三十歳でフリーの大工となり、全国各地の寺院や文化財の修復にあたった。
 仕事ぶりが評価され、三十代半ばには海外からの依頼も舞い込むようになり、日本と外国を行き来する生活をしていた。二〇二〇年春、ネパールで寺の新築工事を手がけていた時、新型コロナ禍で帰国を余儀なくされた。
 地元に戻り、仕事仲間や知人の依頼で谷根千の古い建物の調査や修復に携わり、改めて街の魅力に気付いた。「街に眠る物語を掘り起こし、魅力を発信する」。誌面を通じて、千駄木にある旧安田楠雄邸の保存に貢献するなどした母たちの仕事の偉大さも思った。
 代表に就任してから、発行した雑誌のデジタルアーカイブ化などを進めてきた。今後は大工の経験を生かして古い建物の修復など地域の建物を守る活動に軸足を置く。「街の商店にも歴史があり、いつか文化財になるかもしれない。その可能性を守りたい」(西川正志)
<かわはら・ゆたか> 1983年5月5日生まれ。文京区千駄木出身。フリーの大工として、出雲大社やパリにある美術館の日本庭園の建物など国内外の貴重な建物の修復を手がけた。母らが立ち上げた谷根千工房の設立記念日は川原さんの誕生日になっている。

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