ポーランドの詩人シンボルスカさん 晩年の詩集『瞬間』全訳刊行 世界が揺らぐ現代、胸に迫る言葉

2022年6月27日 07時28分
 ポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカさん(一九二三〜二〇一二年)が、一九九六年にノーベル文学賞を受賞後初めて出した詩集の全訳『瞬間』(未知谷(みちたに)、一五四〇円)が刊行された。訳と解説を手がけたロシア・ポーランド文学者の沼野充義さんは「晩年の円熟と、円熟とだけ言えないような言葉の実験精神もある」と本作の魅力を語る。 (北爪三記)
 二十三編を収める『瞬間』の原著が出たのは、二〇〇二年。シンボルスカさんが八十八歳で亡くなる十年前に当たる。
 出版前年の〇一年に起きた米中枢同時テロを扱った一編「九月十一日の写真」も含まれるが、世界がコロナ禍に見舞われ、ロシアのウクライナ侵攻が続くいま、切実に胸に迫る作品の一つに「すべて」がある。わずか七行のこの詩は、「すべて」という言葉を<うぬぼれで膨れ上がった言葉だ。>と言う。根底にあるのは、ひとくくりにできない一つ一つ、あるいは一人一人に向けるまなざしだろう。とかく大きな言葉で語られがちな昨今だから、より響くのかもしれない。
 専門的に読むとどうなのだろう。沼野さんは、シンボルスカさんが一九九三年に出した前作の全訳『終わりと始まり』(同)も手がけた。同書は九七年の刊行以来、八刷と版を重ねている。
 両詩集の背景には、ポーランドの社会主義体制の崩壊(八九年)と、パートナーの死(九〇年)という「二つの大きな喪失」があると沼野さんは説く。「その喪失感は、『終わりと始まり』の方が直接、色濃く出ているが、『瞬間』では、より深みを増して感じられるんです」
 例えば、「陰画(ネガ)」は亡きパートナーを指す<あなた>の写真のネガを巡る一編。ネガの明暗が反転するように、<わたしはまだ生者の一人なので>、彼へのメッセージも<おやすみなさい、いえ、そうじゃなくて、おはよう>などと反転させてみせる。
 沼野さんが一番好きな詩に挙げるのは、「魂について一言」。冒頭<人は魂を持っていることがよくある。/絶え間なく、ずっと持っている人は/いない。>と言い、魂と人間の関係が具体的につづられていく。「人間が魂を必要とするだけじゃなく、魂のほうもどうやら人間を必要としている、という不思議な共存関係が面白い。日本古来の魂に対する感覚にちょっと似たところもあるのかな、とも思いますね」
 本書は、一編ごとに解題が付くのも特徴だ。自身これまでにないという試みの理由を、沼野さんは「シンボルスカの詩は割とやさしい言葉で書かれているが、『瞬間』の中にはちょっとわかりにくい詩もある。ガイドになれば」と話す。

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