<ドキドキ!サイエンス>(2)タンパク危機救う菌肉

2022年6月27日 08時01分

培養中の麹菌を手にする萩原大祐准教授

 みそ、しょうゆ、日本酒…。日本の伝統的な発酵食品を陰で支える微生物が麹(こうじ)菌だ。大豆や米などの素材を分解してうまみ成分や甘みに変えたり、素材を柔らかくしてくれたりする。そんな麹菌そのものを、牛肉などの代替肉として食用化する「菌肉」プロジェクトが昨年、筑波大で始まった。
 プロジェクト代表の萩原大祐准教授(応用微生物学)は「地球環境問題の解決に貢献し、新たな食産業の創出にもつながる」と意気込む。
 麹菌は糸状菌と呼ばれる菌類の仲間で、カビの一種だ。糸状菌にはキノコ類も含まれるが、キノコのようなかさは作らず、菌糸と呼ばれる管状の細胞を伸ばして成長する。
 萩原さんに培養中の麹菌を見せてもらった。三角フラスコの培養液の中に、タピオカ飲料のように直径数ミリの球体がびっしり浮かぶ。これが菌糸の塊だ。培養液に百万分の一グラムにも満たない胞子約二十万個を入れると、一週間で約二十グラムの塊に増殖する。増殖率は約一千万倍。塊から水分をろ過して成型したものが「菌肉」である。

調理して盛り付けた菌肉(萩原准教授提供)

 萩原さんの分析によると、塊の乾燥重量の約五割はタンパク質で、この他にビタミン類や、タンパク質のもとになる二十種類のアミノ酸全てが含まれる。アミノ酸の中では、うま味成分のグルタミン酸が多かった。
 「菌糸の塊が作る繊維構造を生かせば、本物の肉に近い食感が得られるかもしれない」と萩原さん。代替肉から機能性食品まで、応用範囲は広そうだ。何を使って培養するかで食味も変わってくるといい、今後の研究ポイントの一つになる。
 酒粕(かす)で培養した菌肉を食べてみた。つなぎに卵白を入れて焼き、塩で味を調えたという。見た目も食感もひき肉ハンバーグに近く、うま味もある。食品として通用すると思った。
 実は、菌類由来の代替タンパク質は「マイコプロテイン」と呼ばれ、海外では既に商品化に乗り出す企業が相次ぐ。
 世界の温室効果ガス排出量の約二割は農林業由来で、その多くを畜産関係が占める。糞尿(ふんにょう)や牛のゲップからは温室効果ガスのメタンが大量に発生するし、排せつ物の処理も大変だ。飼料となる穀物の栽培には大量の水や土地が要る。
 世界の人口が増加し、気候変動対策の強化が求められる中、このままでは畜産による食肉供給が追いつかなくなる。これが「タンパク質クライシス」と呼ばれる予測で、代替タンパク質の開発競争が始まっている。
 大豆など植物由来の代替肉は以前からあったが、生産にはそもそも農地や水が必要で、根本的な解決にはならない。一方、マイコプロテインなら農地は不要で、水の利用も少ない。生育速度も速い。
 火山に生息する菌類由来の代替肉を開発した米スタートアップNATURE’S Fynd社は、必要な土地は牛肉生産の1%で、温室効果ガスの排出量も94%少ないとアピールしている。
 世界のスタートアップを追いかける菌肉プロジェクトの強みが、ずばり、麹菌の利用だ。
 麹菌は千年以上も日本人の食と共にあり、安全性は折り紙付き。米食品医薬品局(FDA)も、麹菌を「一般に安全が認められる(GRAS)」もののリストに掲載している。
 二〇〇五年には麹菌のゲノム(全遺伝情報)が解読された。独自の菌株を保有する醸造メーカーなどもあり、研究基盤が整う。日本醸造学会は〇六年、麹菌を「国菌」に認定。産業廃棄物として捨てられている酒粕などを餌として利用できるのも魅力だ。低環境負荷、低コストでの生産が期待できる。
 萩原さんは、日本酒の醸造メーカーや料理研究家との連携を模索する。日本の麹菌研究の蓄積を生かし、関連分野が力を合わせられれば、「新食品産業の創出」も夢物語ではない。(筑波大教授、サイエンスコミュニケーター・鴨志田公男)=次回は7月24日掲載

関連キーワード


おすすめ情報

茨城の新着

記事一覧