参院選静岡 候補者の横顔(上)

2022年6月27日 08時15分
 参院選の静岡選挙区(改選数2)には現職2人、新人6人が名乗りを上げた。政治家を志した理由や信条、目指すものなど、8候補の横顔を2回に分けて紹介する。(届け出順)

◆舟橋夢人(ふなはし・ゆめと)さん(56) N新
 釣りきっかけに政治へ

 立花孝志・NHK党党首の「チルドレン」を自称する。「私自身も契約していないし、(受信料を)払っていない」。ただ、おなじみのフレーズ「NHKをぶっ壊す」には頼らない。当事者だからこそ抱いた問題意識を大事にする。
 「釣り人を国会へ」。そんなスローガンを掲げる。政治家を志した契機がブラックバス釣りの規制。法律で不自由を強いられる中、「政治力がないと何もできないことが分かった」。十五年以上の年月を経て、チャンスが回ってきた。
 東京都在住。静岡県との関わりも、きっかけは小学生時代から趣味で続ける釣りだった。浜名湖から船を遠州灘に出し、キハダマグロなどを釣っていた。選挙中は県内に腰を据え、ブログや交流サイト(SNS)での発信に力を入れる。
 静岡県といえば(レストランの)「さわやか」という。昨年、初めて口にした。出馬表明の会見を県庁で開いた日も、験担ぎで食べるほど好物になった。店が都内に進出することを夢見ている。(谷口武)

◆鈴木千佳(すずき・ちか)さん(51) 共新
 国民の要求の最前線に

 「小学生の時、母の出身地の長崎で原爆資料館に行き、悲劇を繰り返してはいけないと考えるようになった」と活動の原点を語る。
 二十歳で戦争反対を貫く共産党に入党。「国民の要求の最前線に立つ政治家になろう」と過去三回、参院選に出馬。「議員になるならないにかかわらず、自分の信念を貫くことが社会を動かす一助になる」と四回目を戦う。
 川根本町出身。「緑が豊かで人情が厚い。選挙の度に地元の皆さんが温かく応援してくれる。何度の挑戦にも『あきらめちゃだめだよ』と言ってくれる」と感謝する。
 私生活では中学生の娘を育てる母。「最近は思春期で直接は言ってくれないけど、放課後等デイサービスでは(指導員に)『選挙で頑張っているお母さんはかっこいい』と言ってくれているみたい」と笑顔をのぞかせる。お菓子やキャラ弁作りが趣味。ジェンダー平等などをキャラ弁で表現し、交流サイト(SNS)にアップしている。(三沢聖太郎)

◆山本貴史(やまもと・たかし)さん(52) 諸新
 湾岸戦争で政治に関心

 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を見て、映画監督に憧れる青年だった。映画作りを学ぼうと米国に留学したが、一九九〇年に湾岸戦争が勃発。友人が戦地に行く一方、「日本は金だけしか出さない」と批判され、政治に関心を持ったという。「日本の将来に危機を感じ」大学を中退。帰国して塾を開き、市議選に立候補した。
 袋井市議、静岡県議を務めた約二十年間は「入りたい党がない」と政党に所属せず、無所属を貫いた。交通事故の後遺症で二〇一九年に県議を退いてから三年。「目指していた理想が一致した」と今回、政治団体「参政党」から出馬した。
 参政党と関わるきっかけは、松下政経塾一期生が浜松市につくった政経塾だという。参政党を立ち上げた元大阪府吹田市議とともに塾で学んだ。「共通の理念や哲学を共有する仲間として声を掛けてもらった」
 この選挙戦に「参政党の訴え、理念を知ってもらうことが第一」と挑む。生まれも育ちも袋井市。(塚田真裕)

◆山崎真之輔(やまざき・しんのすけ)さん(40) 無現<1> 国
 人を救う仕事がしたい

 「人を救う仕事がしたい」。この気持ちを原点に、浜松市議、県議、そして国会議員と政治の道を歩み続けてきた。
 大好きだった祖父をがんで亡くした影響で、もともとは医者を目指していた。しかし、予備校で「人を助ける仕事は他にもたくさんある」とアドバイスを受け、「社会全体を救うことに貢献したい」と政治家を志すようになった。
 大卒後は当時衆院議員だった鈴木康友・現浜松市長の事務所に入り、二十五歳で市議に初当選を果たす。
 昨年十月の参院補選で議席を得た後は、東京と静岡を往復し、現場の声を国政に届けようと奔走してきた。少年時代に思い描いていた仕事とは違うが「一緒に悩み、悲しむことができる。こっちの道へ進んでよかった」と語る。
 娘一人と息子二人を育て、「今よりも良い社会を後世に残し、つなげていくこと」をモットーとする。
 愛読書は、台湾の政治家オードリー・タンの「自由への手紙」。趣味は野球やカラオケ。(柳昂介)

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