住民は帰還できないまま、復興計画には不安と不満 熱海土石流

2022年6月27日 12時00分
<癒えぬ傷痕 熱海土石流災害1年・上>

土砂が流れ下った被災現場には今も立ち入り禁止の標識やロープが設置されている=静岡県熱海市伊豆山で

 谷筋は青々とした雑草が生い茂り、茶色い土砂の痕跡がわずかになっていた。「これじゃ、土石流があったことが分からなくなるね」。昨年7月に起きた静岡県熱海市伊豆山いずさんの土石流。発生から1年を控える6月上旬、不適切に造られ、被害を拡大させた盛り土の現場に初めて立った被災地区の70代男性がつぶやいた。
 土石流が押し流した家々や土砂が撤去された一方、被災現場は原則立ち入り禁止区域のまま。区域内の住民は帰還できず、今も約130世帯が公営住宅など市内外の仮住まいで生活している。
 遺族らでつくり、土石流を「人災」と訴える被害者の会の副会長太田滋さん(65)は、神奈川県湯河原町のみなし仮設住宅で暮らす。自宅が全壊し、被災地区で貸していた駐車場や農業の収入は激減した。
 前を向く気力がわかなかったが、年明けごろから「自分の人生。土石流に負けてはいけない」という妻かおりさん(56)の励ましもあり、顔を上げた。大好きな畑仕事を少しずつ再開し、ゆくゆくは伊豆山地区で自宅を建て直すつもりだ。
 それでも「戻れるのは2年後か3年後か…。避難生活に慣れて戻らない人もいるだろう」と話す。熱海市は立ち入り禁止区域の解除時期を8月に示す方針だが「日程を示されても、まだ先のことは分からない」と不安は尽きない。家賃が免除されるのは2年間で、半分が過ぎようとしている。
 製麺所を営み、立ち入り禁止区域に自宅兼工場がある中島秀人さん(53)も「普通の生活に戻れていない」と嘆く。一部損壊の被害だったため当初は修復を目指したが、立ち入り禁止となり、帰還の見通しが立たなくなった。市内の別の場所での再建を決め、7月中旬の再開を目指す。「工場が完成し、働くことが自分の復興」と意気込むが、建設費などの負担が心配だ。
 復興計画を協議する市の検討委員会の委員に途中から加わった中島さん。市は区域内の用地を買収して造成した後、再分譲する手法を5月末の住民説明会で提案し、2025年度半ばから分譲する構想だが、「被災者にとって一番の課題は、家屋の建て替えと修繕の資金不足。この問題が克服されないと戻れない」と訴える。買収額や再分譲の費用がどの程度になるかは未定。住宅再建への具体的な支援内容は現状の計画案に盛り込まれておらず「意見が反映されていない」と批判する。
 再分譲の手法が十分な説明がないまま突然提案されたことに、被災者からは「自分たちの意見が聞き入れられていない」「説明が足りない」などと不満の声が相次ぐ。太田さんも市の進め方を疑問視して、こう皮肉る。「ボタンの掛け違いではない。まだ掛けてもいない」
(山中正義、小倉貞俊)
     ◇
 27人が犠牲になり、1人がいまだ行方不明の熱海市伊豆山の土石流から7月3日で1年。この間、被災地はどう変化し、遺族たちはどんな日々を送ってきたのか。真相究明の取り組みは進んだのか。それぞれの現場や課題に迫った。

 熱海市伊豆山の土石流 2021年7月3日午前10時半ごろ発生。災害関連死1人を含む27人が亡くなり、今も女性1人が行方不明のまま。発生後は市内のホテルが避難所となり、最大約580人が避難。今も約130世帯が仮住まいだ。県によると、建物被害は136棟。市には約60軒の解体申請があり、来年1月末までに取り壊される見込み。遺族らは不適切に造成された盛り土が原因の「人災」と主張。盛り土のあった土地の前・現所有者らに損害賠償を求めた訴訟が始まっている。業務上過失致死容疑などで刑事告訴もし、静岡県警が捜査中。当時の県や市の対応を巡っては、県の第三者委員会が「失敗」と結論づけた。市議会で百条委員会が設けられ、年内の調査結果公表を目指している。

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