募る盛り土への疑問 家族奪われた怒りを糧に声上げる 熱海土石流

2022年6月28日 12時00分
<癒えぬ傷痕 熱海土石流災害1年・中>

6月16日に執り行われた一周忌で、母陽子さんの遺影を見つめる瀬下雄史さん=横浜市内で

 「原動力は怒り、それだけでした」。熱海市伊豆山の土石流災害の「被害者の会」の会長、瀬下雄史さん(54)は、土石流で母陽子さん=当時(77)=を亡くした直後から、千葉県佐倉市の自宅で訴訟に向けた資料作りに明け暮れた。
 発生後、連日のように開かれた静岡県や熱海市の会見で、人為的に造成された盛り土が被害を大きくしたと知った。盛り土が多くの命を奪ったとみられるが、悪いのは土地の前所有者か、現所有者か、行政は造成を止められなかったのか…。理由も分からず母を失った怒りが突き動かした。
 「裁判なんて本当にできるの、と不安な人も多かった」と瀬下さん。会社員生活の傍ら、弁護士に相談したり、本やインターネットで調べたりと平日の深夜や休日に作業。「『みんなには訴える権利がある』『うやむやにしちゃいけない』と必死で訴えかける気持ちで打ち込んだ」。1カ月近くかけ、A4 10枚の資料を仕上げた。
 被災者仲間が避難所で資料を配り、訴訟を目指す被害者の会の設立を呼びかけた。この様子を見ていた女性(72)は、娘(44)を失って生きる気力をなくしていた。しばらくして盛り土への疑問が募り、会長の瀬下さんに連絡。訴訟の意義を訴えるまじめな人柄にひかれ、入会した。
 弟の幸史さん(47)は「兄もみなの思いを一つにしようと懸命だった」と振り返る。「兄弟だけでいるときには、つらい本音を打ち明けてくる」と明かす。
 被害者の会は昨年8月、土地の前・現所有者をそれぞれ業務上過失致死容疑と重過失致死容疑で熱海署に刑事告訴。1カ月後には両者らに損害賠償を求め、集団提訴した。「証拠隠滅されないよう急がねば」との思いが瀬下さんにはあった。11月には両者を殺人の疑いでも署に刑事告訴した。
 提訴時に70人だった原告は80人超に増えた。瀬下さんが把握している被災者や遺族の半数程度になる。会の趣旨に理解を示しつつも穏やかな余生を優先するなど、参加を見送った人も少なくない。
 最愛の妻、路子さん=当時(70)=を亡くした田中公一さん(72)もその一人。悲しみから立ち直っていないが、残りの人生をどう過ごすか考えた時、浮かんだのは子どもと孫の姿だった。「寿命から考えれば、あと10年くらいしかない。残された貴重な時間を裁判に費やしたくない」
 損害賠償請求訴訟の口頭弁論が今年5月18日に始まった。訴訟に加わらず声を上げられていない人の思いも胸に抱え、瀬下さんは意見陳述で「造成された盛り土が災害の原因。大きな苦痛とともに人々の人生を強制終了させ、遺族には癒えぬ悲しみをもたらした」と力を込めた。前・現所有者ら被告側は盛り土への関与を否定し、全面的に争う姿勢を見せている。
 「理不尽に家族や大切なものを奪われた被害者たちの悲しみと怒りを、これからも力にしていく」。瀬下さんの決意は揺るがない。
(佐々木勇輝、足達優人)
     ◇
 27人が犠牲になり、1人がいまだ行方不明の熱海市伊豆山の土石流から7月3日で1年。この間、被災地はどう変化し、遺族たちはどんな日々を送ってきたのか。真相究明の取り組みは進んだのか。それぞれの現場や課題に迫った。

 熱海市伊豆山の土石流 2021年7月3日午前10時半ごろ発生。災害関連死1人を含む27人が亡くなり、今も女性1人が行方不明のまま。発生後は市内のホテルが避難所となり、最大約580人が避難。今も約130世帯が仮住まいだ。県によると、建物被害は136棟。市には約60軒の解体申請があり、来年1月末までに取り壊される見込み。遺族らは不適切に造成された盛り土が原因の「人災」と主張。盛り土のあった土地の前・現所有者らに損害賠償を求めた訴訟が始まっている。業務上過失致死容疑などで刑事告訴もし、静岡県警が捜査中。当時の県や市の対応を巡っては、県の第三者委員会が「失敗」と結論づけた。市議会で百条委員会が設けられ、年内の調査結果公表を目指している。

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