<論壇時評>くじ引きとデモクラシー 選挙の機能不全、越える道は 中島岳志

2022年7月1日 07時00分
 参議院選挙が七月十日に行われるが、実はこの十年ほど、政治学者の間では、くじ引き民主主義への関心が高まっている。投票率が低下し、政治家が真に国民を代表していないという不信感が高まる中、くじ引きという「偶然性」や「ランダム性」に新たな注目が集まっているのだ。
 そのきっかけになったのが、ダーヴィッド・ヴァン・レイブルック『選挙制を疑う』(法政大学出版局、2019年、原著は2013年出版)である。彼はここで民主主義の危機の原因を選挙型代議制民主主義に見出し、民主制に抽選を導入すべきことを主張した。
 瀧川裕英編『くじ引きしませんか?−デモクラシーからサバイバルまで』(信山社、2022年)に掲載された岡﨑晴輝「選挙制・任命制・抽選制」では、選挙制議院と抽選制議院の二院制が提案されている。具体的には、参議院を「抽選制の市民院」に改組する構想で、「無作為抽出された有権者が数年間、常勤の市民院議員を務める」。
 抽選制にはいくつかの利点がある。選挙制では、どうしても裕福で高学歴の人に議員が偏りやすいが、抽選だと議員の社会的偏差がなくなり、構成員の属性が多様になる。党議拘束などに縛られず、政党内の力関係も関係ない。そのため、個々人の良心に従った公平な熟議が行われやすい。また選挙による立候補制だと、権力志向が強い人が政治指導者になりやすいが、抽選制だとランダムに決定される。選ばれた人は次の選挙を考えなくてよいので、金権政治が排除される。しがらみもなく、党幹部や支持者の顔色をうかがう必要がない。すぐに成果を出さなくてもよいので、長期的視野に立ちやすい。
 しかし、問題もある。議員は選挙で信任を受けるわけではないので、有権者による統制がとれない。どうしても素人集団になり、選挙で無能な候補者を淘汰(とうた)することもできない。  
 そこで岡﨑は、選挙制と抽選制の組み合わせを提案する。衆議院では、選挙で選ばれた議員たちが、与野党に分かれて論戦を戦わせる。与野党対立によって争点を明示し、法案を審議する。一方、抽選制による市民院は、法案審議そのものを担わず、「衆議院で法案等の審議が尽くされたかどうか、またその決定が市民感覚に著しく反していないかどうかを判断し、拒否権を行使する」。市民院の権限は、「拒否権」に限定される。
 岡﨑は、最高裁判所判事など任命権者の裁量の余地が大きい公職についても、抽選制を活用した人事の導入を提案する。その方が自由主義の可能性を追求できると主張する。
 吉田徹は、著書『くじ引き民主主義−政治にイノヴェーションを起こす』(光文社新書、2021年)の中で、一般市民の無作為抽出こそ、政治における当事者意識を涵養(かんよう)することができ、新たな政治参加の道を開くと述べる。
 吉田はドイツやアイスランドなど、有権者数が少ないローカル・レベルで実施されている「くじ引き民主主義」の例を紹介し、その実践がボトムアップの民意形成を促していると主張する。これは、「ポピュリズム政治」とは大きく異なる。現代政治への不満と憤りを原動力とする点で、両者は同じ発生源を持っているが、ポピュリズムはどうしても強烈な個性を持ったリーダーによるトップダウンの刷新に向かう。「くじ引き民主主義」の方が、「新たな民意を作り上げることで異なる提案をする」ことができるというのだ。
 民主主義を巡る閉塞(へいそく)感を突破するためには、主権者が政治に関与する回路づくりが重要になる。そして、異なる他者と出会い、価値の葛藤に耐えながら合意形成を行うプロセスを作り上げなければならない。
 選挙による代議制が機能不全を起こす中、さまざまな背景を持った国民が、直接的に熟議に参加する方法として「くじ引き民主主義」は注目を集めるだろう。日本においても、地方レベルでは無作為抽出の「検討会議」などが開催されているが、この方法は拡大することが予想される。
 現代社会は、新たな民主主義に向けた岐路に立っていると言えるだろう。 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

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