生活に生かし文化継承 彬子さまと若者の活動「心游舎」10年 米作り、歌舞伎…伝統の技復活の機にも

2022年6月30日 07時30分

3年ぶりに田植えを楽しまれる彬子さま(中央3人の右端)=いずれも新潟市で

 三笠宮家の彬子(あきこ)さまが総裁を務め、日本文化に触れる機会を若い世代に提供してきた一般社団法人「心游舎(しんゆうしゃ)」(大阪市)が設立されて10年たった。米作りなどで、その道のベテランが本物の技を子どもたちや若者に見せ、手ほどきする活動を展開。5月下旬に新潟市内で田植えがあり、彬子さまは大学生らと水田に入り、作業に汗を流した。 (吉原康和)
 「農薬を使っていない田んぼの手触りがいい。虫も多いし、土も年々軟らかくなってきた」。同市内の農園で、国学院大学(東京都渋谷区)の学生9人らと田植えを終えた彬子さまは、水田の感触を口にした。米作りのワークショップは、コロナ禍の影響で3年ぶりに開かれた。
 農園を営む宮尾浩史さん(57)は、自然栽培に取り組む篤農家。同大1年の横山仁貴さん(18)は「田植え機を運転するのも初めてで、お米を作るのが大変なのがよく分かった」と語り、7回目の参加となる同大OBの吉田綾香さん(23)は「毎回楽しみにしている」とほほ笑んだ。
 彬子さまが心游舎を立ち上げたのは「ヒゲの殿下」と親しまれた父親の寛仁(ともひと)さまが逝去する約2カ月前の2012年4月。「日本の伝統文化が生き続けることができる土壌を形成したい」という思いに有志が共鳴した。

田植えの後、彬子さまや学生、農家らが参加して開かれた懇談会

 米作りは活動の柱の一つ。彬子さまが国学院大の招聘(しょうへい)教授に就任後、16年から宮尾農園で同大の学生たちと始め、19年まで毎年行われた。心游舎はホームページで活動を報告。刈り取った稲を束ねる作業は難しく、農家の方が流れるように手を動かす姿に見入ってしまう、などと熟練の技を紹介している。
 学生たちは、5月に田植え、9月に稲刈りをするが、彬子さまは6月か8月に必ず草取りを入れる理由を次のように述べている。「2時間ほどの草取りをした翌朝、起き上がれないほどの筋肉痛に襲われた。農家の人はどれだけ苦労して米作りをされているのか、身をもって実感した」
 田んぼを乾かす「中干し」など稲を育てる過程や、校外学習で小学生が水田に来たときの様子なども、ホームページで日記をつづるように伝えている。
 心游舎によると、ワークショップのテーマは幅広く、歌舞伎を取り上げたり、九谷焼の湯呑(の)み茶わんを作ったり…。和菓子作りでは子どもたちが職人から栗きんとんを教わった。彬子さまは「文化というのは、日常生活の中で生かしてこそ残っていくもので(博物館のガラスケースに)保存するものではない」と語る。

今年4月に福岡で行われた歌舞伎のワークショップに参加し、鳴り物などに触れる子どもたち=心游舎提供

 「彬子さまが米作りのワークショップを始めたことで、地域で途絶えつつあった俵づくりの技術が伝承されるきっかけになった」。農園の宮尾さんはこう打ち明ける。
 16年秋、宮尾農園で収穫された米が、「越後一宮」で知られる弥彦神社(同県西蒲原郡)に奉納される際、奉納米を入れる袋は昔のように米俵がいいという話が持ち上がった。県内の30〜40代の農業後継者ら有志が、俵づくりを知る80代の古老から手ほどきを受け、その技術が数十年ぶりに復活しつつあるという。
 心游舎設立10年の節目を彬子さまは「こちらは年を取ったとは思わないが、幼稚園の年長組だったワークショップ一期生のお子さんが高校生になった」と感慨深げ。「地域の人たちと共に歩んで10年がたちました。これからも継続して若者に日本文化の素晴らしさを伝えていきたいと思います」と話している。
<三笠宮彬子さま> 寛仁さま(故人)の長女として1981年12月20日に誕生。学習院大学を卒業後、英オックスフォード大学マートン・カレッジに留学。日本美術を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査研究を行い、2010年、女性皇族として初の博士号を取得した。子どもたちに日本文化を伝えるため一般社団法人「心游舎」を創設、総裁に就任して各地でワークショップなどを行っている。

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