大熊町の復興拠点で避難解除 福島第一原発立地の町で初 再除染は、商店は、病院は…帰りたくても先見えず

2022年7月1日 06時00分
 東京電力福島第一原発(福島県大熊町、双葉町)の事故による放射能汚染で立ち入り規制が続く帰還困難区域のうち、大熊町の特定復興再生拠点区域(復興拠点)で30日午前9時、避難指示が解除された。事故から11年3カ月が過ぎ、福島第一原発が立地する自治体の帰還困難区域で人が暮らせるようになるのは初めて。町は廃炉関係企業の誘致や住宅建設を進めるが、どれぐらい人が住むようになるかは見通せない。
 復興拠点は主にJR常磐線大野駅周辺の住宅街で、町の面積の1割に当たる約860ヘクタール。原発事故時は人口(1万1505人)の半数以上が住んでいた。今も住民登録者は約5900人と全体の6割を占める。町は5年後の居住人口の目標を2600人としている。
 吉田淳町長は大野駅前であった防犯パトロールの出動式で「にぎわいがあった町に近づくには時間が必要。ようやくスタートに立てた」とあいさつした。
 原発事故で全町避難を強いられた大熊町では2019年4月に町南西部で避難指示が解除され、町民約380人が暮らしている。

 特定復興再生拠点区域(復興拠点) 政府が福島第一原発事故後に指定した放射線量が高い「帰還困難区域」内で、国費で先行的に除染して住民の暮らしが再開できるように整備を進める区域。帰還困難区域が残る福島県の7市町村のうち、南相馬市を除く6町村にある。葛尾かつらお村の復興拠点は6月12日に解除された。福島第一原発が立地する双葉町の拠点は7月以降に解除される見通し。

◆課題山積、これからが大変

 避難指示が解除された福島県大熊町の復興拠点には、除染後も線量が下がり切らず再除染した場所や、解体と除染が終わっていない家が点在する。商店や病院はなく不便な状況は続いており、帰郷を望む住民たちは「課題は山積み。これからが大変」と話した。
 福島第一原発から南西約6キロ。兼業農家の池田光秀さん(61)が17頭の牛を飼う放牧場がある。池田さんは30日、妻美喜子さん(64)と牛に餌をやりながら「自由に自分の家に帰れるのはうれしい。いつか畜産を再開し、コメや野菜、果物も作って帰還困難区域だった場所でも、食べ物を作れると示したい」と語った。

「大熊でまた畜産をやりたい」という池田光秀さん=30日、福島県大熊町で

 11年前の3月12日朝に池田さん夫婦は急な避難をした後も「生活を支えてくれた大事な家族である牛の命は奪えない」と処分を拒否した。一度は逃げた牛を捕まえ、町から南約25キロ離れた避難先の福島県広野町から通いながら、世話を続けた。
 2年前に、放牧場に隣接する自宅跡地に寝泊まりできる事務所を建てたが、避難指示解除後も広野町から通う。敷地は除染後も毎時15マイクロシーベルトと、政府が長期目標とする毎時0.23マイクロシーベルトを大きく上回る場所が見つかり、再除染した。近所にもそんな場所があちこちにあった。光秀さんは「放射線量が高かった場所を全て国が買い取り、解除しない選択もあった」と話す。
 美喜子さんは「買い物が不便」と大熊での生活は望まない。光秀さんも「周辺何百メートルも人がいないので、何かあった時に大声を上げても誰もいない。今すぐ住むのは難しいかな」とこぼした。それでも、先祖代々の土地で牛飼いを全うしたいとの思いがある。

◆通過点に過ぎない

 福島県いわき市に避難する女性(60)は避難指示解除を「通過点に過ぎない」と感じる。家が復興拠点に入った後、避難指示解除後にそこがどうなるか町に聞いても分からず、夫と自宅周辺を歩き近所の家がどれほど解体されるか調べた。9割が解体予定だった。
 「町がどうなっていくのか見えない」と女性は言う。自宅は解体したが、周辺には空き巣や動物に荒らされ、除染も終わっていない建物が残り、放射線量が高い場所がある。「四季が感じられ、草を刈った匂いがする大熊が好き。でも帰っていいよと言われても、住環境が整っていない所で落ち着いた生活はできない」
 女性は、町内の環境が整えば家を建てて夫と住みたいと思うが、今は決心がつかない。「町民意向調査で『帰るか判断できない』が2割いたけれど、その人たちこそ戻ってくる一番の候補。大事にしなかったら住民は帰ってこない」(片山夏子)

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