<社説>熱海土石流1年 「人災」を防ぐ戒めに

2022年7月2日 07時57分
 静岡県熱海市の土石流災害から三日で一年。多くの人が住む地域の上流に業者が造成した違法な盛り土が甚大な被害を招いたとされるが、結果的に、それを許した行政の対応も、ずさんのそしりを免れ得ない。この「人災」から学ぶべきことは少なくない。
 防げたはずだ。今も立ち入りが禁じられた伊豆山の被災地を眼前にすると、そう思わずにいられない。一年前の七月三日午前十時半ごろ。長い大雨の後、標高四百メートルほどの山あいにあった盛り土が崩れ、海まで約二キロを流れ下った。住宅地をのみ込んだ土砂の量は五万五千立方メートル。災害関連死一人を含む二十七人が亡くなり、なお一人は行方不明だ。約百三十世帯が仮住まいを強いられている。
 なぜ、こんな危険な盛り土ができてしまったのか。五月に県の第三者委員会が公表した報告書は、次々と残土を持ち込み、法令違反を繰り返した悪質な業者に対し、「断固たる措置をとらなかった行政姿勢の失敗」と断罪する。
 まさに手ぬるい対応の連続だった。業者が二〇〇七年に盛り土の計画を市に届け出た際、防災対策が未記載な届出書を受理。市は内容を逸脱した造成を把握し、危険性を認識しながら行政指導にとどまり、是正命令や税金による盛り土の撤去を見送った。より規制が強く、県が所管する森林法や砂防法での対応も可能だった。だが、報告書からは業務の縦割りに固執し、県と市が責任をなすり合うような姿がうかがえる。
 学習院大の大橋洋一教授(行政法)は、「行政指導」に依存する日本の行政の体質を指摘する。強い措置には時間と費用がかかる。訴訟リスクもあり、穏便に済ませようとする傾向があるという。行政指導は改善を相手の善意に委ねる「お願い」だ。むやみに権力を振り回すのは論外だが、多くの命を預かる防災では、常に最悪の事態を想定し、必要とあらば、厳しい措置を躊躇(ちゅうちょ)すべきではない。
 災害後、国が全国で行った盛り土の調査では約千百カ所で不備が見つかり、その半数弱で必要な災害防止措置が確認できなかった。大橋教授は「同じことはどこでも起き得る」と警鐘を鳴らす。
 災害を機に危険な盛り土を全国一律の基準で規制する法律が五月に成立。国の防災基本計画にも盛り土への迅速な対応が盛り込まれた。同じ轍(てつ)を踏んではなるまい。

関連キーワード


おすすめ情報