<土曜訪問>家族愛と笑顔は続く クッキングパパ160巻突破 うえやまとちさん(漫画家)

2022年7月2日 13時03分

©うえやまとち/講談社  

 大きく突き出たごついあごがトレードマークのサラリーマン・荒岩一味(かずみ)が料理を振る舞う漫画『クッキングパパ』(講談社)。今年、コミックスが百六十巻に到達した。作者のうえやまとちさん(68)は、四十年近い長寿連載を「いろんな家族の成長を描いてきた」と振り返る。
 無口なサラリーマンの荒岩が、家族や職場の人たちのために美味(おい)しい食事を作り、食べた人が幸せを見いだしてゆく物語。エッチなし、事件なし、悪役なし。一九八五年の連載開始からこの三つのポリシーを貫いてきた。かつてグルメ漫画の定番だった料理勝負もない。「食事中にがみがみ言わない。喜んで食べるのが格好良い。事件なんかなくても、おいしいものを食べて少し幸せになって、おしまい。それでいいじゃない」
 作品誕生のきっかけは何げなく描いた落書きだった。ボサボサ髪のひげ面。うえやまさんの分身のような男が子供をおんぶし、家の掃除をしているイラストが、打ち合わせ中に「週刊モーニング」編集者の目に留まり「これでやってみない?」と言われた。
 七〇年代末に漫画家デビュー。福岡県内で山村暮らしなどを体験しながら、マイペースに作品を発表してきた。八〇年代初頭、田舎の警察官を主人公にした『大字・字・ばさら駐在所』を出したころから、方向性が定まった。ほのぼのした中に、人間の生きる喜びが伝わる『クッキングパパ』は、テレビアニメ化されるなど大きな反響を呼び、うえやまさんのライフワーク的な代表作になった。
 料理を通じて世相が見える漫画でもある。連載が始まったのは昭和末期。家庭で料理する男性は珍しかった。初期は、荒岩がごちそうを作って部下たちに振る舞う際「そこで買ってきた」「うちのやつ(妻)から」とシェフの正体を隠すのがお約束の展開だった。
 荒岩が自身の料理好きを周囲に公表したのは連載開始から十年以上がたった第五百四話(五十一巻)。「男が料理をするのには、理由や説明が必要だった。隠している方が描きやすかった。十年たって、時流が変わった」と語る。
 共働きで、夫の一味が主に台所に入る荒岩家をはじめ、作中には、多様な立場の登場人物がいる。結婚退職して専業主婦になった女性。子どもはいないが仲良しの夫婦…。料理を食べたときの笑顔は、全員に共通している。「いろんな家族があって、いいじゃない。誰もが子どもをつくらないといけない、とかじゃなくていい」。価値観を押しつけない姿勢は、料理をする男性を描く理由ともつながる。「男もやらないと、じゃない。料理やってごらん、楽しいよ、と伝えたい」
 長い連載の間には、打ち切りを覚悟した時期もあった。「十年ちょっと続いて、話もワンパターンになりそうだった。もう終わりでしょう、と思っていた」。そのころ描いたのが、円満な荒岩家に、意外な事件が起きる五十四巻。荒岩の妻で新聞記者の虹子が、第一子を出産したばかりの記憶を語る。
 育児休暇で大好きな仕事はできないし、夫は残業が続き、精神的に追い込まれた。夜泣きする子供を抱き、「おまえさえ……いなければ……」。だがその時、窓を開けると、外からピアノの音が聞こえてきた。虹子はわれに返り、子を抱き締め、涙する。
 「終わる前に、この話だけは描いておきたいと思っていた回です。あなたたちも音楽になってあげなさいよ、と思っていました」
 予想に反し、その後も打ち切りの連絡はなかった。自らレシピを考案して料理し、それを基にストーリーを生み出す連載は、三月に千六百話を突破した。「好きなんですね。ひたすら作って、食べて、描いて、はい次の週。この繰り返しで、ここまで来ました」
 ただ泣くだけだった赤ちゃんが立ち上がり、しゃべり、走り回る。そんな過程を描くため、作中の人物たちは数年に一歳、年を取る。「これからも、みんな元気で明るく成長していきますよ」。そう笑ううえやまさんの目は、登場人物を見守る父親のそれだった。 (大山弘)

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