日本発の素材で水問題に挑む 「カーボンナノチューブ」 海水の淡水化に活用 遠藤守信・信州大特別栄誉教授

2022年7月3日 07時22分

オンライン取材で淡水化技術について語る遠藤守信さん

 世界では、清潔な飲み水が得られない人が6億人以上います。解決策の一つとして海水を淡水に変える技術が使われていますが、現状では非常に大きなエネルギーを使い、海の汚染につながる不安もあります。これをより環境に優しい技術に変えることに、日本発の素材「カーボンナノチューブ」を使って挑む研究者がいます。この素材の大量合成法を開発し、ノーベル賞候補にも挙げられる信州大の遠藤守信特別栄誉教授です。 (森耕一)
 カーボンナノチューブは、一九九一年、名城大の飯島澄男終身教授が発見し初めて構造を明らかにしました。炭素原子が金網のような網目状に連なり、それが丸まって細長いチューブになっています。太さは髪の毛の五万分の一。強度は鋼鉄の数十倍なのに、重さはアルミニウムの半分ほど。電気をよく通すうえ、次世代半導体の材料としても研究が進みます。リチウムイオン電池の性能を向上させる電極の材料にも使われ、軽くて丈夫なのでスポーツ用品にも応用されています。
 遠藤さんは、飯島さんが構造を明らかにする前の八〇年代、触媒気相法と呼ばれるカーボンナノチューブの大量合成法を開拓し、それが現在も世界中で使われています。当時は詳細な構造はわかっていませんでしたが、チューブ状の炭素繊維だったのでカーボンナノチューブと呼ばれるようになりました。

炭素原子がつながってできる=産業技術総合研究所提供

◆水くみ

 カーボンナノチューブの発見者にはノーベル化学賞が贈られるとの見方があり、飯島さんに加えて遠藤さんにも期待が集まります。そんなナノカーボンの第一人者が近年、力を入れているのが海水の淡水化技術です。
 温暖化や人口増加によって水問題が深刻化し、水を巡る争いが戦争の要因になるとの懸念もあります。過酷な水くみに時間を取られ、十分な教育を受けられない子どもも。SDGsの目標にも「安全な水とトイレを世界中に」と掲げられています。
 水不足を科学の力で解決する選択肢の一つが海水の淡水化です。地球上の水の97%は海水です。これが使えれば、多くの人に水が届けられます。中東や北アフリカの乾燥地域では、既に海水の淡水化が、重要な水の供給手段になっています。
 ところが、現状では必ずしも環境に優しい技術とは言えません。遠藤さんは「この十数年の研究で、カーボンナノチューブが、環境に優しい淡水化に貢献できると期待できるようになった」と語ります。

◆汚れ

 何が問題なのでしょうか。現在主流の淡水化技術は、海水をものすごく細かい網の目の「ふるい」に通して、塩分を取り除きます。「逆浸透膜」というセロハンのような膜を使います。この膜にはとても小さな穴があいていて、水は何とか通れますが、塩分となっている塩素とナトリウムのイオンは通れません。
 第一の問題は、水を膜に通すのに非常に高い圧力が必要で大量の電力を使うのです。本来、濃い塩水と淡水が膜を隔てて接すると「浸透圧」という力によって、水は淡水から塩水の方に流れようとします。淡水化はこの圧力に逆らう強い力で海水を押す必要があります。
 海水を通すと、膜にはカルシウムやマグネシウムイオン、海中のプランクトンや有機物がくっついて詰まり、定期的に薬品で洗浄する必要があります。コストがかかり、薬品による海洋汚染の心配もあります。淡水を取ったあとには、二倍ほどに塩分が濃くなった水が残ります。この濃い塩水を海に戻すことも環境への不安があります。

◆水路

 遠藤さんたちはカーボンナノチューブを使って膜を改良し、この問題に挑みます。膜の主成分のポリアミド繊維に10%ほどナノカーボンをまぜ込むと、水が流れやすく汚れが付きにくくなりました。細長いチューブが膜の中で骨組みのような役割をして、水だけが流れやすい水路ができました。カーボンナノチューブは電気を通しやすいため、内部で電子が動き、結果的に膜の表面が弱い電気を帯びた状態になったのです。こうなると、イオンなどの汚れをはじくことができます。

サウジアラビア海水淡水化公社のプラント=遠藤さん提供

 改良で洗浄回数や使う薬剤が減り、北九州市での実証実験の結果、水を作るコストを15%削減できました。サウジアラビアでも実証実験を始めています。
 遠藤さんのグループでは、膜の材料を変えることで下水処理を効率化する技術も研究しています。遠藤さんは「将来は淡水化に必要なエネルギーを全て再生可能エネルギーでまかない、濃くなった塩水からエネルギーや役に立つ成分を取り出して再利用する技術も確立したい」と未来を描きます。「膜技術は日本のお家芸だったが、近年は中国などに押されている。ぜひ日本からこの分野で世界に貢献したい」と、構想を大きく広げています。

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