[初めてのパイナップル] 東京都杉並区 大川文明(68)

2022年7月3日 07時43分

◆わたしの絵本

イラスト・まここっと

◆300文字小説 川又千秋監修
[ちょっとまって] 愛知県岡崎市・会社員・42歳 中井綾 

 高速道路を降りてしばらく走ると、海が見えてきた。太陽の光でキラキラ輝いている。
 「よし着いた」
 父が浜辺の近くに車を止める。今からここで潮干狩りをするのだ。
 車を降りると磯の香りがする。
 浜辺には薄紫色の花が群生していて美しい。
 「まずはお昼を食べよう」
 父が車のそばにテーブルと椅子を置く。母がテーブルに手作りのお弁当を並べる。サンドイッチだ。具がいろいろあって美味(おい)しそうだ。
 「ちょっとまって」
 父は浜辺に走っていく。
 「どうしたのだろう?」
 母と首をかしげる。
 しばらくして戻ってきた父の手には薄紫色の花がある。そして、それぞれのお弁当に花を添えた。
 「ほら、これがあるといいだろう!」

<評> 潮風に吹かれ、波の音を聞きながら家族で囲む浜辺のランチ。スケッチしたくなる爽やかな情景ですが、仕上げに素敵(すてき)なアクセント。お弁当に飾られたのは、砂地に自生したハマナスでしょうか。

[早くしなさい] 東京都小金井市・公務員・59歳 沖義裕 

 学生の頃、母の声が嫌いだった。
 「早くしなさい…遅れるわよ!」
 いつも私をせかしていたからだ。
 だから一人暮らしをするようになるとホッとした。これからは母のせかす声を聞かなくていい。
 解放感でいっぱいだった。
 けれど一人暮らしをしても、私はずっとせかされていた。
 早く起きろと目覚まし時計。調理ができたから早く食べろと電子レンジ。扉を早く閉めろと冷蔵庫。湯がたまったから早く入れと風呂。洗い終わったから早く干せと洗濯機。
 冷たいチャイムやブザー。そして味気ない人工音声が鳴り響いている。
 結局、どこにいても時間に追われるのは一緒だと嘆いていると、母の声が響いてきた。
 「早くしなさい」
 とても懐かしく、心が落ち着いた。

<評> いつも耳障りに感じていたお母さんの声ですが、そこには、セットされた電子音にない、わが子を本気で気遣う真心がこもっていたはず。それが実は癒やしになっていたことに気付かされたようです。

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