<かながわ未来人>話さなくても心が通う 聴覚障害者らに碁の手ほどき 日本棋院平塚支部長・木谷正道(きたに・まさみち)さん(74)

2022年7月4日 07時24分
 囲碁は「手談(しゅだん)」とも言う。話さなくても心が通うという意味だ。強い棋士同士は互いの意図を感じながら打ち、盤上で無言の会話が弾む。
 三十六年勤務した東京都庁を二〇〇七年に退職。翌年結成した「心の唄バンド」のボーカルを務める傍ら、幼少期に没頭し、アマチュア七段の腕前を持つ碁をメンバーに教えたところ、気持ちをつなぐ力に心が震えた。愛好者を増やそうと、地元で布石を打つ。
 バンドメンバーに、躍動的な手話で歌詞を表現する女性がいる。耳は全く聞こえない。誰よりも碁に熱中するので、理由を尋ねた。「木谷さんのように手話をできない人とは当たり障りのない話しかできない。碁は言葉を使わず、深いコミュニケーションをできる」
 相当強くなって感じるはずの手談の境地をあっさり説かれ、仰天した。「無音の世界で生きる彼女にとって、碁はそれだけ貴重なコミュニケーション手段なのか」。囲碁人口が少ない聴覚障害者への入門指導を企画したいと思うようになった。
 きら星のごとくプロ棋士を育てた故・木谷実九段の三男。神奈川県平塚市にあった自宅兼プロ棋士養成道場の弟子部屋で育った。将来は棋士になるものと思っていたが、親元を離れ入門してくる門下生たちは緊迫感が違う。二、三カ月で自分より先に強くなる。囲碁修業が嫌になり、中学一年の時「やめさせてください」と、父の前で両手をついた。
 碁盤から離れ、ギターが趣味に。東大卒業後、都庁で防災に取り組む。退職後は耐震関連のNPO法人理事長となり町づくりや福祉、震災復興、国際交流と活動の幅を広げた。各イベントに碁を取り入れると喜ばれ、遠ざけていた碁盤との絆を取り戻していく。
 「韓国、日本、中国も棋士同士は仲がいい。何をするにも碁を絡めると和やかになり、もめないで済んだ」と笑う。二〇年に日本棋院平塚支部を設立し、地元に軸足を定めた。今年五月から市内の自宅を囲碁サロンにし、小学生ら二十人に教えている。
 「碁は難しいという心の壁を取り除く」。七夕の町に願いが羽ばたく。平塚駅前の升水記念市民図書館で九日に開く普及イベントは、聴覚障害者の入門指導を初めて盛り込む。アマ五級の棋力になったバンドの女性メンバーが、講師デビューする。(西岡聖雄)
<碁で広がる主な交流> 東日本大震災被災地の岩手県大船渡市で2014年から「碁石海岸で囲碁まつり」を開催。揺れても碁石が動かない視覚障害者用の碁盤を関連行事の三陸鉄道・囲碁列車に導入するなど、視覚障害者との関係も深い。9日のイベント「楽しい囲碁&心の唄」(要予約、1000円、高校生以下無料)では、高次脳機能障害者の対局もある。短期記憶をできなかったが囲碁は覚え、上達につれ症状も改善した人がオンライン出演する。障害者用の催しではないが、「碁を通じて障害の有無や老若男女の違いを意識しなくなる」と木谷さんは語る。問い合わせは木谷さん=電080(7991)4761=へ。

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