アルジェリア独立60年、歴史語らぬフランスに憤る仏国内の移住者…植民地時代の負の記憶に苦しむ両国

2022年7月5日 12時00分
<近くて遠い国・アルジェリア独立60年(上)>

3日、パリ郊外ナンテールで、アルジェリアの独立60年を記念した夕食会の準備をするアフメド・ジャマイさん(左から2人目)と次女(同3人目)ら

 3日午後、フランス・パリ近郊ナンテールの広場でアルジェリアの独立60年を記念したささやかな催しが開かれた。郷土料理クスクスを振る舞う準備をしていた企画者のアフメド・ジャマイ(57)は「ここはフランスの中のアルジェリアみたいな場所だ」と笑った。
 第2次大戦後の復興期から移住者が増えたナンテールには、300万人近いとされる仏国内のアルジェリア系住民の中でも大規模なコミュニティーがある。独立戦争の和平協定によって仏国内で生まれたアルジェリア人の子にも国籍が与えられたため、アフメドも18歳で「フランス人」になった。
 移民3世となるアフメドの長女ネスリン(22)は生まれたときから仏国籍だが、不満がある。「夕飯はクスクスばかり食べるの?」と高等教育機関の級友から外国人扱いされることに加え、「学校で習うアルジェリアの歴史はわずか。家庭で聞かなければ何もわからなった」
 独立前年の1961年秋、パリで多くのアルジェリア人が虐殺される事件が起きた。ネスリンは最近になって祖母が現場にいたことを知り、顔に残る仏治安当局の銃撃の傷痕を見せてもらった。「フランスは母国だから愛しているけど、特別な関係にあるアルジェリアの歴史を語り継がないことには憤りを感じる」
 仏教員組合事務局長で社会科教師のブノワ・テスト(44)によると、両国に大きな犠牲をもたらした「アルジェリア戦争」という言葉は1990年代まで仏社会全体でタブー視され、教科書には「アルジェリアで起きた出来事」と記されていた。近年は必修化されたが、「アルジェリア系の生徒が『教科書の記述は事実と違う』などと抗議して授業が混乱するケースをしばしば聞く」と明かす。
 アルジェリア国内では、フランスへの目線はさらに厳しい。「若い世代のアルジェリア人は教育を通じてフランスを嫌いになる」。北西部オラン出身のハナーン(34)がこう語るように、アルジェリアの公教育では「英雄たちが侵略国に勝って得た独立」との見方が強調され、虐殺や性的暴行など仏軍の蛮行を証言する語り部が学校を訪問して回っている。こうした教育の影響は仏国内の移民系家庭にも及び、多くの仏国民が信じる「植民地化がアルジェリアに近代化をもたらした」という主張と対立する。
 昨年末に公表された世論調査でアルジェリアに「良いイメージがある」と答えた仏国民は51%にとどまり、半数近くは「悪いイメージがある」と回答。独立から60年を経ても両国を隔てる溝は深い。
 パリ郊外に住む移民3世のサラ(32)はそんな状況を憂い、若年層同士の話し合いの場づくりや中立的な戦争の証言を集める活動に取り組む。「記憶と史実を分けて考え、建設的に意見をぶつけ合うこと。融和には、それしかない」 
  ◇
 フランスにとって「最も近くて遠い国」とよばれるアルジェリアが、武力闘争の末に独立してから5日で60年となる。130年にわたる植民地時代の負の記憶は、今も両国を苦しめている。(敬称略。この連載はパリ・谷悠己、カイロ・蜘手美鶴が担当します)

 アルジェリア独立と「記憶」の問題 アルジェリアはオスマン帝国領だった1830年、王政復古下の仏軍の侵略によって植民地化され、仏の海外県となった。第2次世界大戦後に独立運動が高まり、1954年に民族解放戦線が武装蜂起し「アルジェリア戦争」が勃発。62年に和平合意「エビアン協定」が結ばれて独立した。歴史の「記憶」を巡る対立が続いており、マクロン仏大統領は仏軍による犯罪行為の一部を認める報告書を公表したが、アルジェリア側が求める謝罪には踏み切らなかった。同国政府は態度を硬化させ、昨秋にはマクロン氏が、形式上は文民政権の同国政府を「軍政」と呼んだことなどを機に、両国関係は「過去最悪」と呼ばれるまでに悪化した。


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