<芸人 今昔ものがたり 西条昇>萩本欽一編(1) 「丁稚トリオ」の教え

2022年7月6日 07時26分

丁稚トリオの(右から)東八郎、池信一、石田英二=西条昇さん提供

 1960年3月、東京・浅草の東洋劇場に高校を卒業したばかりのタレ目の少年が研究生として加入した。後にコントやお笑いバラエティーに大きな変革をもたらす「欽ちゃん」こと萩本欽一である。萩本は、テレビ番組「デン助劇場」で大人気だった大宮敏充への入門を希望していたが、父親のツテで出会った軽演劇作家の緑川士朗が文芸部で働く東洋劇場に入ることを決めている。
 東洋劇場は、浅草フランス座や浅草ロック座など都内に4軒のストリップ劇場を経営していた東洋興業が軽演劇の復興のために59年に開場した劇場で、専属コメディアンの池信一、石田英二、東八郎の「丁稚(でっち)トリオ」による喜劇が受けていた。
 私は70年代後半の中学生時代に池、石田、東がそれぞれ出演する生の舞台を見ているが、特に石田のうまくて渋い芸が大好きだった。かつて萩本に取材した際にその旨を伝えると、少し驚いた表情をしてから彼らとの思い出について聞かせてくれた。

若き日の萩本欽一(右)。左はコメディアンの岡田淳二=東洋興業提供

 萩本は直接の師匠で笑いに爆発力のあった池の「大きい声だけ出しなさい」との教えを実践し、舞台で怒鳴っていたら自然に大きな動きがついてくるようになった。石田からはおばあさん役で跳びはねて出て行った際に「道を跳びはねているおばあさんがいたら教えろ」と言われ、自然な演技で笑わせることを教わった。東からはツッコミでコントをリードしていく極意を実践的に伝授されている。
 萩本は支配人から階上の浅草フランス座への出向を命じられる。そこで、すぐに舞台上で噴き出してしまうコメディアンと運命的な出会いを果たすことになる。
 ※次週は令和笑タイム「相席スタート」山崎ケイさんです。

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