<社説>東京五輪の総括 負の側面こそ伝えねば

2022年7月6日 07時43分
 昨夏の東京五輪・パラリンピックに関する最終報告書を、大会組織委員会がまとめた。コロナ禍を乗り越えて開催したと自画自賛に満ちているが、負の側面こそ教訓として伝えるべきではないか。
 大会は、国立競技場の建設計画撤回、マラソン会場の札幌移転など異例の事態が相次ぎ、組織委の森喜朗元会長による女性蔑視発言もあった。報告書はこれらに簡単に触れるだけで、原因や背景をまったく掘り下げてはいない。
 多くの競技施設で今後予想される運営赤字や、選手村を改装した分譲マンションの入居遅れなど、触れていない問題もある。
 最も重要なことは、開催意義を多くの人々が実感できたかどうかだ。「スポーツの新しい価値を発信できた」「共生社会の象徴になった」などと記載したが、原則無観客となり効果が薄れた面は否めない。何よりコロナ禍での開催強行は、命や生活を懸命に守ろうとする人々の心と乖離(かいり)していた。
 復興支援も掲げたが、国が東日本大震災の被災地などで行ったアンケートでは「大会が復興に寄与した」との回答は三割に満たず、被災者らの心に響かなかった。
 開催経費は約一兆四千二百三十八億円で確定し、招致時の約二倍に膨らんだ。しかも、収支報告は「開閉会式百五十三億円」など大まかな項目が並ぶだけ。組織委は六月で解散したが、検証が必要だ。帳簿類を引き継ぐ清算人には情報開示を求めたい。
 振り返れば、大会は「やり遂げた」というより「やめられなかった」という感覚に近い。巨費を投じたため撤退できなくなった。
 中止した場合、国や東京都の信用失墜や違約金の支払いなどを組織委が懸念していたことが、大会後の幹部の証言から分かる。
 非常時でも中止できないことが大会の異常さを物語る。問題の根にある大会の肥大化、国際オリンピック委員会(IOC)の独善的体質を改めるべきだ。
 二〇三〇年冬季大会には札幌市が立候補している。東京大会の総括が「お手盛り」では、五輪への国民の共感は得られまい。

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