人はなぜ挑み続けるのか 80歳で最高峰 三浦雄一郎さんらに聞く

2022年7月7日 07時34分
 「逆上がり成功の度に自信」(3月29日)「80代 英会話に挑む」(4月27日)。いずれも本紙発言欄に載った意欲に満ちた読者の声だが、人はなぜ挑み続けるのだろうか、ふと疑問が湧いた。その答えを知りたくて投稿した二人と、3度目のエベレスト登頂を80歳で達成したプロスキーヤー・冒険家の三浦雄一郎さん(89)に尋ねてみた。 (青木孝行)

◆「人間本来の遺伝子」

2013年5月、80歳でエベレスト登頂を果たす三浦雄一郎さん=ミウラ・ドルフィンズ提供

 二〇一三年に八十歳で世界最高峰のエベレスト登頂を果たし、世界中を驚かせた三浦さんは二〇年に頸髄(けいずい)硬膜外血腫を患い、現在、リハビリ中だ。「後遺症で両足がしびれているが、生きているだけでもうけものだ。百十歳、百二十歳まで生きて、その時に自分の体がどうなっているのかに興味がある」と力強く話した。
 「挑むことは人間本来の遺伝子だと思う。子どもの頃から山登りをし、高校、大学では厳しい登山をしてきた。一つの山を登れば、次の山に登りたくなる。そんなチャレンジが続いてきた」と振り返る。

21年3月、札幌市の自宅前の道を歩きトレーニングする三浦さん=ミウラ・ドルフィンズ提供

 鉄棒の逆上がりに成功した河内さんに「チャレンジしたいことは、まだいくつかあるでしょう。それに向かっていってください」と励ます。内山さんには「八十一歳で英会話を学ぶなんて素晴らしい。肉体的なものだけが挑戦じゃない」とたたえた。
 三浦さんの信条は「上機嫌で生きる」。昨年の東京オリンピックでは、六月下旬に富士山五合目で、聖火リレーのランナーを務めた。三浦さんは「車いすも使って、今年はチームの仲間と一緒に富士山に登る」と挑戦を続ける。

◆65歳で初めて逆上がり「自分らしくありたい」

 六十五歳の時、人生で初めて鉄棒の逆上がりに成功した佐賀市出身の河内良昭さん(68)=写真、東京都中野区。挑戦した理由を「他人とは違う生き方をしたい。自分らしくありたいから」と答えた。身長一七八センチ、体重七二キロ、朝のランニングや筋トレを欠かさない。
 小学生時代は鉄棒に関心が向かず、跳び箱は苦手、駆けっこの順番は真ん中ぐらいだったという。八年前に高齢者向けの弁当配達のアルバイトを始めて、たまたまトイレを使おうと立ち寄った公園で、鉄棒が目に留まった。
 「どうしたら逆上がりができるんだろう。子どももやっているのに」と悔しさが心に芽生えた。逆上がりする姿勢を想像し、鉄棒と自分のへその位置が鍵ではないかと推論した。数日間の練習の末、初めて逆上がりができた。「子どもは本能的に体が動くんですが、大人になるにつれ、論理的に考えないと体が動き出せなくなる。練習中に周囲の目は気にならなかった」
 大学進学で上京し、会社員となったが「職場と飲み屋、自宅を行ったり来たりする人生はつまんない」と四年で退職した。作家の小田実さんに憧れ、海外を放浪したことが発端で、パン屋を開業することに。テレビや雑誌に取り上げられる店になったが、早朝から夜遅くまでの立ち仕事で足腰が病気がちになり、五十一歳で店を閉じた。その後は建設現場や引っ越し作業、ビル清掃などをしながら働き続けてきた。
 「時間に追われる生活を送っていると公園にある鉄棒でさえ見えなくなる。今は精神的な充実感がある」と満足そう。週五回の弁当配達を続け、立ち寄った公園で逆上がりを四、五回する。興味を示す子どもにはコツを教えている。

◆80代で英会話きっかけは朝ドラ 「老化防止に」

 NHKの朝ドラ「カムカムエヴリバディ」で、「主役を演じた女優さんの発音の美しさに驚かされた」。世田谷区の主婦、内山紀子さん(81)はドラマに触発され、NHKラジオで英会話を学び始めた。
 「80歳を過ぎると、今まで通りの生活を送るのが難しくなる。家族に役立つ存在でいたい」と控えめに語る。
 「昨日のことが今日も同じようにできるように、無事に1日を過ごす。脳の老化を防ぎたい気持ちが強い」。英会話を学び始めた動機をそう説明した。

関連キーワード


おすすめ情報