<書評>『中学生から知りたい ウクライナのこと』小山哲、藤原辰史 著

2022年7月31日 07時00分

◆周縁から地を這う目線
[評]伊藤千尋(ジャーナリスト)

 お硬いウクライナ解説が多い中、しなやかな物言いで内容は示唆に富む。「ミサイルが上から降ってくる立場におかれた人たちの目線で」語ろうと考えたのは二人の歴史家だ。ロシアの侵攻を軍事や大国の対立だけで見るのは「そこで暮らす人びとの生活と歴史へのまなざしが弱い」と、人間性を原点に展開する。
 二人はポーランド史と、ドイツを中心とした食と農の現代史の研究家だ。歴史の中で消された小国や生身の人間を紹介し、絵巻物のように地域を解説する。周縁や細部から本質に迫るのは、ロシアやNATOといった「大きな名詞」で歴史を語れば「力のゲームの議論に終始」するからだ。すべての紛争の解読に本来、欠かせない視点だろう。
 一般にプーチンという特殊な人間が戦争を起こしたと思われているが、二人の見方は違う。プーチンのやり方はヨーロッパ史の主流であり、欧米の大国が行ってきた蛮行の延長だという。実際、今回のロシアの動きは米国が十九世紀にメキシコの領土の約半分を奪った経過や、近年のイラク戦争によく似ている。
 他人事ではない。日本の政治家も「イエスマンに囲まれているうちに『プーチン』になりうる」。プーチンは「戦争を正当化するために、歴史を歪(ゆが)めて利用している」という指摘は身につまされる。今の日本でも民主主義の破壊者が擁護者にすり替えられているではないか。核兵器の共有という「粗暴」な議論に、著者は「プーチンの猿真似(まね)をすることでしかプーチンを批判できない、この国の思想状況の貧しさ」を観(み)る。
 「暴力でしか突破口を開こうとしない人」があふれている今の世界だが、本書は「観たくない現実を観る力がまだ私たちに残っている」と、暗闇を突破する鍵を与えてくれた。表題の「中学生から知りたい」は、基礎から能動的に学ぼうという呼びかけだ。
 人間の尊厳を基に過去を誠実に学べば悲惨な世界を変える力になる。希望を持つ意志が連帯を生む。そして地を這(は)う歴史家は予言者になりうる、と読み終えて思った。
(ミシマ社・1760円)
<小山>1961年生まれ。京都大教授・ポーランド史。
<藤原>1976年生まれ。京都大准教授・現代史、食と農の歴史。

◆もう1冊

深草徹著『9条とウクライナ問題 試練に立つ護憲派の混迷を乗り超えるために』(あけび書房)

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