震災後 再稼働主導 豊松元副社長、鈴木常務

2019年10月3日 02時00分

(左)鈴木常務 (右)豊松元副社長

 高浜原発四基がある福井県高浜町の元助役から一億円を超える金品を受け取っていた関西電力の豊松秀己元副社長(65)は、原子力部門の要職を長く務めながら地元との関係を深めていった。国の審議会の場などでは、原発の再稼働や新規建設についても積極的に発言していた。
 豊松氏は京都大大学院で原子核工学を学び、一九七八年に関電に入社。二〇一〇年に原子力部門トップの原子力事業本部長、翌年には副社長に就任した。東京電力福島第一原発事故後、全国の原発が長期停止する中でも関電の原発が集中する福井県などとの調整役となり、再稼働へとつなげた。電力業界からは「地元から見て最も貢献した人ではないか」との声が上がる。
 関電という一企業を超えて原発推進の旗振り役も担った。原発事故後の原子力政策を議論する経済産業省の有識者会合に一四年六月の初会合から参加し、「将来も原発は必要だ」と強く訴えた。
 一八年には電力会社や原子炉メーカーなどで新設した「原子力エネルギー協議会」の理事に就任。今年二月の会合では再稼働が停滞している現状に触れ、「原子力に協力してきた自治体が大変苦しい状況だ」と述べ、国が原子力を将来も活用する姿勢を見せなければ、地域経済の疲弊が進むと強調した。
 豊松氏と同様に一億円超を受け取っていた鈴木聡常務執行役員(59)は原子力事業本部長代理も務める。原発事故後の一一年六月から一三年六月まで大飯原発の所長として、当時の民主党政権を巻き込んだ3、4号機再稼働の現場で指揮を執った。

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