<曇りのち晴れ>父のスーツ

2022年8月4日 07時49分
 ものづくりや職人の方を取材する時はワクワクする。きっと実家がテーラーなのが影響している。父は先達の店で修業を重ねた、たたき上げの職人だ。母も手伝ってきた。
 ただ、最盛期は短かった。既製品の波が押し寄せたのは、年配の方ならご存じの通り。それでも己の道を進んだ。大学進学もさせてもらい、苦労をかけた。
 黙々と布から紳士服を仕立てる背中を見て育ったのは幸せだった。地道に働くことの尊さを肌身で学べた。父は間もなく米寿。体のあちこちが痛み、長く開店休業状態だったが「久しぶりに注文が入って作った」と近況を伝えてきた。そして「哲正のも作る」と…。
 私が若い頃、よく仕立ててくれた。体に合わせてあるから着心地が良いが、仕事ではあまり着なかった。駆け出しの頃、火事の取材で火の粉をかぶり、穴を開けたことがあるのだ。愛着がある分、おいそれと着られなくなった。が、これからはなるべく袖を通そうと考えている。父の仕事を誇りに思ってきたことが、それとなく伝われば、と思う。 (山本哲正、54歳)
 ◇
厚い曇り空でも雲の向こうには必ず青空がある−
そんな思いを胸に、記者が暮らしの出来事を綴(つづ)ります。

関連キーワード


おすすめ情報