八王子の湯の花トンネル 列車銃撃から77年 遺族ら献花「戦争は絶対にしてはいけない」

2022年8月6日 06時53分

銃撃で亡くなった人たちを慰霊する地元住民=八王子市で

 太平洋戦争末期、東京都八王子市裏高尾町の湯(い)の花トンネルで起きた米軍戦闘機による列車銃撃から七十七年となる五日、地元住民や列車に居合わせて死亡した乗客の遺族らが、現場近くの慰霊碑に献花した。
 戦争の悲劇を記憶に残そうと、地元住民らでつくる「いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会」が主催し、三十九年前から続いている。コロナ禍以降、三年連続で慰霊祭の開催を見送り、午前中のみ献花を受け付けた。
 銃撃で二歳年上の姉を亡くした遺族会会長の黒柳美恵子さん(90)は「戦争は絶対にしてはいけない。ウクライナでも戦争が起きているけれど、なぜなくならないのだろう」と声を落とした。遺族を取材してきた慰霊の会の斉藤勉会長は「亡くなった方一人一人のことを考えると気が重くなる。コロナ禍で慰霊に訪れる人は少なくなっているが、これからも続けたい」と話した。
 銃撃は一九四五年八月五日、午後零時二十分ごろ発生。現在の中央線高尾駅の西にある湯の花トンネルの入り口付近にさしかかった新宿発長野行きの列車に、米軍戦闘機四機が機銃掃射した。硫黄島から飛来し、陸軍飛行場などを襲撃して島に戻る途中だったとみられる。
 この銃撃で、列車の乗員乗客五十二人以上が死亡し、百三十三人が負傷した。慰霊の会の斉藤会長によると、親戚一同で乗車していた人たちや警察官、医者の卵などが犠牲になったという。慰霊碑には五歳児を含む死亡者四十四人の名前が刻まれている。(布施谷航)

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