<コラム 筆洗>井上ひさしさんのお芝居『紙屋町さくらホテル』は広島で被爆し…

2022年8月6日 07時02分
 井上ひさしさんのお芝居『紙屋町さくらホテル』は広島で被爆した移動劇団「桜隊」のことを描いている。原爆で宿舎にいた名優、丸山定夫、園井恵子らが亡くなっている▼芝居の中で、言語学者が「N音の法則」を説明する場面がある。英語のノー、フランス語のノン、ドイツ語のナイン。スペイン語はナダで、ロシア語ならニエット。すべて「N音」。日本語の「無い」も当てはまる。否定の「ン」もそうで、「見ン」「聞かン」「好かン」▼異なる言語を使うのに否定と拒否の態度を表そうとするときに限って、一致してN音を使う。ここからが井上さんらしい。言語学者がいう。<逆に言うと、否定と拒否の態度を忘れたとき、人間は人間でなくなるのではないか…>▼広島の原爆忌を迎えた。この日をいつも以上に深刻に受け止めているのは緊迫した国際情勢のために他なるまい。ウクライナに侵攻したロシアは核使用をほのめかし、米中の対立は深刻を超え、もはや危険である。もしかしたらどこかで核が。その不安が消えぬ▼日本からのとびきり大きな「N音」が今、必要なのだろう。唯一の被爆国として核兵器を否定し、拒否し、その悲惨さを伝え続ける。それは人類に対する日本人の務めかもしれぬ▼「許さン」。その大声が否定と拒否の「N音」を共有する世界の人びとの心に必ず、伝わると信じるしかあるまい。

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