<書評>『死刑について』平野啓一郎 著

2022年8月7日 07時00分

◆憎しみによる残酷な裁き
[評]若松英輔(批評家・随筆家)

 本書には、作者が法曹者を前に行った死刑をめぐる講演が収められている。あるときまで作者は、死刑に対して、「やむを得ない」という心持で消極的に存在を認める立場にいた。それがいくつかの出来事を契機に死刑廃止の立場に立つようになる。
 その経緯を、概念的にではなく、どこまでも経験的に述べる姿は、いかにして自分は「いのち」に出会い直したのか、というある種の告白にもなっている。
 死刑という現実には加害者と被害者とその遺族がいる。作者の小説『決壊』は被害者の眼となって描き出した作品だった。執筆に際しては「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の集会にも参加した。そこで見聞したことは「どれも、痛烈に心に響いた」と語る。そうした経験を持つ作者が、死刑制度を認め得ないという地平に立つことになったのである。立場を変えたあとも作者は、被害者の悲痛と声にならない呻(うめ)きから目をそらさない。その上で、死刑を廃止するべきだという複数の理由を挙げる。
 一つは、現行の捜査の態勢、裁判制度では冤罪(えんざい)を生み得ること、二つ目は、加害者となった人物を社会そのものが生み出している可能性があること、三つ目は、人を殺してはならないという掟(おきて)は死刑を含んで絶対的に守られるべきだと考えられるからだという。
 また、死刑は、正当な意味での「ゆるし」と「罰」のありようにも深く影響する。もしも死刑を最終的な決着とすると「被害者と社会の接点は、ただ、憎しみという一点だけにな」り、「被害者は『憎む人』として本質規定されてしまい、その感情にだけ拘束され、それを維持しなければならなくな」る。この別種の裁きも「あまりに残酷なことではない」かと問う。人は、その人の行いを裁き、その償いを求めることができる。しかし、死刑制度は、出来事を固定し、ときに別な憎しみを生む、というのである。
 現実の深みにこそ真の文学がある、という作者の作家としての視座は、この本でもというより、この本だからこそ輝いている。
(岩波書店・1320円)
1975年生まれ。作家。『日蝕』で芥川賞。『空白を満たしなさい』『本心』など多数。

◆もう1冊

森達也著『死刑』(角川文庫)

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