<つなぐ 戦後77年>前橋空襲一斉慰霊 市内3カ所で 戦禍の悲惨さ 忘れない

2022年8月6日 07時55分

前橋空襲の犠牲者を悼み、賛美歌をささげる参列者

 前橋空襲から77年となった5日、犠牲者を悼む一斉慰霊が群馬県前橋市の教会と神社、寺院の3カ所で営まれた。ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、参列者は「戦禍の悲惨さを忘れてはいけない」と鎮魂の場に臨んだ。(羽物一隆、小松田健一)
 大手町の日本キリスト教団前橋教会では十二人が参加。同教会の川上盾牧師が「武器を持たずに平和を求める気持ちを大事にしないといけない」と講話。賛美歌や黙とうをささげた。
 参列した同市朝日町の藤田愛子さん(90)は、実際に前橋空襲を体験した一人。弟の手を引いて土手に逃れ、火の海に埋まった街並みを見たという。近所の人が米軍が空からまいた予告ビラを見て「この日だけは何があっても逃げろ」と伝えてくれたため、避難できたという。
 家は焼け、バラックに住んで飢えをしのぎながら過ごした。「ウクライナの様子を見て、とても人ごとではないと思った。戦争の恐ろしさは今も昔も変わらない。毎年この日は忘れないが、今年は特に祈りにいかねばと思った」と話していた。

本殿で拝礼して空襲犠牲者を悼む参加者ら=いずれも前橋市で

 本町の前橋八幡宮では、約二十人が参列。宮沢克典宮司が再び惨禍を繰り返さないことを誓い、犠牲者に対しては世界平和を見守ってほしいと願う祝詞を奏上した後、参列者が玉串をささげた。前橋八幡宮も空襲の直撃を受け、境内にあった防空壕(ごう)に避難中だった多くの市民が亡くなった。
 一斉慰霊は三河町の正幸寺でも実施。宗派を超えて慰霊の思いを共有する趣旨で二〇一六年に始まった。
 前橋空襲は一九四五年八月五日夜から始まり、七百トンを超える爆弾が投下された。市街地の約八割が焦土となり、五百三十五人が死亡した。

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