<いづらだより>(9)七宝の超絶技巧に死力

2022年8月7日 07時09分

並河靖之「藤草花文花瓶」(部分)  並河靖之七宝記念館蔵、撮影山崎兼慈

 どのような展覧会でも、その開催までにはポスター、チラシの作成や図録の編集、会場内の解説パネルの執筆、最後には展示作業というようにさまざまな準備が待ち構えている。その中でも展覧会の内容を大きく左右する最重要の準備が、他の美術館やコレクターから所蔵作品を借用することである。
 初めに展覧会の趣旨と展覧会における作品の位置付けや重要度を説明し、作品貸し出しの許可を得る。その後も、作品図版を広報物や図録に掲載するために写真を借りたり、会期が近づくと作品借用の日程を調整したりと、さまざまな仕事を順を追って進めていく必要がある。そして、所蔵先に出向き作品を借りるという仕事が展覧会準備のクライマックスといえるだろう。
 作品借用は美術品輸送の専門業者と共にうかがい、輸送中に作品が損傷しないように丁寧かつ慎重に梱包(こんぽう)した上で、走行中の振動が荷台に伝わらないエアーサスペンションと荷台内を一定の温度に保つことのできる空調設備を備えた美術品輸送専用のトラックで運ぶことになる。そこでの学芸員の役割は、これら輸送業者による作業の監督と、作品に傷や脆弱(ぜいじゃく)なところがないか状態を調べることである。
 特に後者の作品の状態調査は、状態の把握にとどまらない。輸送中、あるいは展示中に損傷しないか、損傷がある場合はそれ以上広がらないように注意すべきことは何か、相手館の学芸員と相談しながら、梱包・輸送の注意点や展示作業の手順確認など数多くのことを瞬時に判断する必要がある。
 視力(死力)を尽くし、頭もフル回転させて臨機応変に最善を尽くす、いわば学芸員の能力が試される瞬間でもあるといえよう。
 さて、現在開催中の「並河靖之の雅な技 世界を魅了した明治の京都七宝」展は、五浦美術館はもとより県内でも初となる大規模な七宝の展覧会である。学芸員歴二十五年を超えた筆者にとっても七宝作品の借用は初めての経験で、これまでの絵画や彫刻、陶芸などの工芸作品借用の経験を生かして作品の状態調査に臨んだのであった。
 しかし、そこに大きく立ちはだかったのが並河七宝の「超絶技巧」であった。並河は有線七宝という技法で製作している。これは金属の器胎に植線と呼ばれる細い金属の帯で図柄の輪郭線を描き、その輪郭線の中に色とりどりのガラス質の釉薬(ゆうやく)を入れた後、窯の中で釉薬を溶かして器胎に定着させる技法である。ぬりえを思い出してもらいたい。植線が印刷された輪郭線、釉薬が色鉛筆やクレヨン、色を塗っていく代わりに釉薬を置いていくと考えると分かりやすいかもしれない。
 その植線で表された図柄は、米粒の三分の一、いや、それ以下の面積に釉薬を入れていくほどの繊細で緻密な手業を見せている。この細密な植線や釉薬に欠損や損傷がないか、表面をなめるように見ていくことは、集中力に加えて忍耐力が試されたといっても過言ではなかった。
 展覧会場に並ぶ並河七宝の「超絶技巧」に来館者から驚嘆の声が上がった時。その時こそわれわれの忍耐の報われた時といえよう。(茨城県天心記念五浦美術館 企画普及課長 中田智則)=毎月第一日曜日掲載

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