池内紀さん死去 ドイツ文学者 78歳

2019年9月5日 02時00分
 フランツ・カフカ作品などの翻訳で知られ、エッセイストとしても活躍したドイツ文学者の池内紀(いけうちおさむ)さんが八月三十日、死去した。七十八歳。兵庫県出身。
 東京外国語大を卒業し、東京大大学院を修了。留学先のウィーンでは、隣国のチェコスロバキア(当時)で一九六八年に起きた自由化運動「プラハの春」の行方を見守った。
 神戸大助教授や東京都立大教授、東京大教授を歴任したが、五十五歳で東京大を辞して文筆業に専念。カフカやエリアス・カネッティ、ギュンター・グラスらによる多くのドイツ語小説を翻訳したほか、「諷刺(ふうし)の文学」「ウィーンの世紀末」など幅広い著作を残した。
 九四年には「海山のあいだ」で講談社エッセイ賞を、二〇〇〇年にはゲーテ「ファウスト」の翻訳で毎日出版文化賞を、〇二年には「カフカ小説全集」の翻訳で日本翻訳文化賞をそれぞれ受賞した。
 他に「ゲーテさんこんばんは」で桑原武夫学芸賞、「恩地孝四郎」で読売文学賞も受けた。
 宇宙物理学者で総合研究大学院大名誉教授の池内了(さとる)さんは弟。イスラム政治思想の専門家で東京大先端科学技術研究センター教授の恵(さとし)さんは息子。
 ◇ 
 二〇〇〇年七~十二月、本紙夕刊にコラム「放射線」(現在は「紙つぶて」)を執筆するなどたびたび寄稿した。

◆「永遠平和」強い思い

 池内紀さんは晩年、新訳を手掛けたカントの哲学書「永遠平和のために」に強い思い入れを抱き、同書を題材にした講演会なども開いていた。
 「国連のもととなり、日本国憲法における画期的な『第九条』の基本理念となった」。池内さんは二〇一五年五月に本紙に寄せた原稿で、一七九五年に発表された「永遠平和のために」の重要性を強調していた。
 ワイツゼッカー元ドイツ大統領が「過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる」と語った演説を引き、同書こそ元大統領が「たえず立ちもどった一点」ではないかと説いている。
 ナチスの台頭を描いた七月刊の「ヒトラーの時代」が、生前の著作としては最後。独裁者を誕生させた時代を読み解いた、現代への警告の書にほかならない。あとがきで、執筆はドイツ文学者として「課せられた義務」と強調している。
 一五年の寄稿で、池内さんは特定秘密保護法成立や集団的自衛権の行使容認などを「きわどい法案が、つぎつぎと成立していく」と憂慮しつつ「平和を根づかせる努力は我慢と知恵がいる」と説いた。その努力を池内さんは死の直前まで続けていた。 (樋口薫)

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