「君主」引きずる「象徴」 昭和天皇 冷戦期、改憲に言及

2019年8月20日 02時00分

初代宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇とのやりとりを記した「拝謁記」

 戦後、初代の宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇とのやりとりを記した「拝謁(はいえつ)記」が見つかった。日本が国際社会に復帰した一九五二年の記述からは、東西冷戦が激しくなる中、昭和天皇が再軍備やそれに伴う憲法改正の必要性を強く感じていたことが分かる。吉田茂首相に意見を伝えようとして田島に何度もいさめられた。戦後「象徴」になってもなお、戦前の「君主」の思いを引きずる過渡期の天皇の姿が浮かぶ。

■危機感

 「歴史の証明するところではソ連といふ国は何をするかわからない。中立不可侵条約があつたにもかかはらず日本が仲裁を頼んであつたにもかかはらず宣戦して来るといふ国だ」(四月九日)
 昭和天皇が再軍備を志向した背景には、当時のソ連の侵略を現実の脅威と捉える危機感があった。中国では四九年に共産党政権が成立。五〇年に始まった朝鮮戦争を契機に自衛隊の前身の警察予備隊ができた。中国や北朝鮮の後ろ盾はソ連だった。サンフランシスコ講和条約発効を五二年四月二十八日に控え、国内では独立後の安全保障の在り方を巡り国論が割れていた。
 こうした状況下で昭和天皇は田島に明確な意思を示している。
 「私は憲法改正ニ便乗して外のいろいろの事が出ると思つて否定的ニ考へてたが今となつては他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいい様ニ思ふ」(二月十一日)
 その一カ月後には「警察も医者も病院もない世の中が理想だが、病気がある以上は医者ハ必要だし、乱暴者がある以上警察も必要だ。侵略者のない世の中ニなれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得已必要だといふ事ハ残念ながら道理がある」(三月十一日)と胸の内を明かしている。

■驚き

 昭和天皇はこうした思いを吉田首相にも訴えようとしていた。しかし、戦後の憲法は「天皇は国政に関する権能を有しない」と規定。田島は許されざる意見だとして繰り返し戒めている。
 二月十八日、昭和天皇は「吉田ニハ再軍備の事ハ憲法を改正するべきだという事を質問するやうにでもいはん方がいいだらうネー」と田島に尋ねた。田島は「陛下の御考を仰せニなりませぬ形で御質問ニなる程度はおよろしいかと存じます」と忠告。「侵略者が人間社会ニある以上…」と述べた三月十一日には、即刻「それは禁句」とくぎを刺している。
 田島が憲法改正には国民投票が必要だと指摘すると、昭和天皇が「そんなものが入るのか」(三月八日)と驚きを見せた。天皇が当時、新憲法を十分に理解していなかった様子が浮かぶ。

■過渡期

 今回明かされた再軍備と憲法改正にこだわる昭和天皇の姿。ただ五月八日には「私は再軍備によつて旧軍閥式の再抬頭は絶対にいやだ」と強調、決して戦前回帰の意図はなかった。
 君主より象徴として長く生きた昭和天皇は晩年の八八年、先の大戦への思いを問われこう述べていた。「一番嫌な思い出であり戦後国民が協力して平和のために努めてくれたことをうれしく思う。今後も国民がそのことを忘れず平和を守ってくれることを期待している」
 拝謁記を分析した茶谷誠一志学館大准教授(日本近現代史)は「君主的な思いを引きずり、自分が前面に出た方が良いと考える天皇を、田島は新憲法を意識していさめている。象徴天皇制のレールを田島が敷いたとも言えるやりとりで、今につながる制度が形作られる過渡期の様子がよく分かる」と話した。

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