大戦中の米軍用ピアノ、被爆ピアノと共演を 平和の調べ、構想広がる

2019年8月16日 16時00分

コンサートの最後に「ビクトリーG.I.」の伴奏で「ふるさと」を歌う参加者ら=1日、埼玉県越生町で(中里宏撮影)

 第二次世界大戦中、米軍の前線で戦う兵士を音楽で慰問するために作られ、国内では二台しか確認されていないピアノ「ビクトリーG.I.」を使った日本初のコンサートが今月初め、埼玉県越生町で開かれた。企画したピアニストらは「敵国だった日本のコンサートで弾かれることは、平和の象徴にもなる」と意義を語り、今後は「広島の原爆で焼け残った『被爆ピアノ』との共演を実現したい」との構想を描く。 (中里宏)
 コンサートはクラシックピアニストのKunikoさん(42)ら、音楽による社会貢献に取り組む「音×恩おくりプロジェクト」が企画した。ビクトリーG.I.を所有し、ピアノのメンテナンスとコンサートなどへの貸し出しを行う会社タカギクラヴィア(東京都渋谷区)が協力した。
 「G.I.」は米軍兵士や官給品を表す略語。軍需物資として作られたピアノは戦車や軍用トラックなどと同じオリーブドラブ色に塗られ、箱詰めされて他の補給品と一緒にパラシュートで前線に投下された。このため高さは一メートルほどと、一般的なアップライトピアノより小ぶりだ。
 タカギクラヴィア社長の高木裕(ゆう)さん(66)がビクトリーG.I.を見つけたのは約十年前。所有者が亡くなり都内の民家から引き取った遺品だった。茶色に塗り替えられていたものの、内部にオリーブドラブの塗料が残っていて気付いた。塗装をし直し、弦を張り替えるなどして復元した。この民家にあった理由は不明だが、大戦中に製造を始め、終戦直後の一九四六年に完成して米軍に納入されたことは判明した。
 高木さんによると、ビクトリーG.I.は大半が廃棄され、米国内にはほとんど残っていない。日本ではほかに北海道で一台だけ確認されているが「本格的なコンサートで使えるのはこれだけ」という。存在を知ったKunikoさんが、高木さんに「このピアノを使って平和を訴えるコンサートをしたい」と持ち掛け、タカギクラヴィアが協力した。
 初コンサート「ガイアの饗宴(きょうえん)」は「世界無名戦士之墓」がある越生町で今月一日に開催。アマチュア音楽家やプロの声楽家、ピアニストがボランティアで出演した。Kunikoさんは、米兵が戦場で弾いたと思われるジャズスタンダード曲を披露し「G.I.」は力強い音を奏でた。
 音×恩おくりプロジェクトを主宰するメンタルトレーナーの松沢亜希子さん(41)とKunikoさんは今後、被爆ピアノのほか、東日本大震災で被災したピアノとの共演コンサートも視野に入れる。
 二人は「和の心や絆といった日本人の精神で大震災からの復興五輪でもある東京五輪を盛り上げていきたい」とも話し、共演コンサート実現のための寄付を募っている。問い合わせは同プロジェクト=(電)080(4324)0068=へ。

10日、韓国南部の釜山港に停泊中の船内で演奏された被爆ピアノ=共同

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