昭和天皇の逝去4年半前、政府極秘に人選 元号考案 候補に井上靖氏ら

2019年8月11日 02時00分

昭和天皇逝去後の改元に備え、1984年6月に政府が作成した新元号考案者の候補一覧に記された井上靖氏の名前。右上には「(昭和59年6月現在)」と記されている

 昭和天皇が亡くなる約4年半前の1984年6月、政府が改元に備え、新元号考案者の候補として芥川賞作家の井上靖氏ら6人をひそかにリスト化していたことが、国立公文書館が共同通信に開示した公文書で明らかになった。文化勲章受章者や文化功労者といった選考基準を設定。国文学と日本史学の専門家が含まれ、当時から国書(日本古典)の採用を選択肢としていたことが判明した。
 昭和天皇は八九年一月に逝去。政府は最終的にリストになかった山本達郎東大名誉教授(東洋史学)に依頼し「平成」に改めた。
 政府はこれまで元号考案を要請した相手を明らかにしていない。元号に詳しい所功(ところいさお)京都産業大名誉教授は「(元号選定の途中経過が)この資料によって初めて明らかになり、驚きだ。政府が真剣に元号の検討を重ねていたことを裏付けている。プロセスを示す文書が公式に残されていた意義は非常に大きい」と解説。井上氏の長男修一氏は「父から元号の話を聞いたことはないが、元号の出典となる中国古典には造詣が深かった」と証言した。
 文書名は「元号候補名考案者の選考について」。八四年七月の組織再編で元号事務を官房長官が監督するとした変更に伴い作成された。当時の藤波孝生官房長官らが同年六月に決裁した。
 考案者の基準について(1)文化勲章受章者、文化功労者もしくは日本学士院会員。または元号に高い識見を有する(2)国文学、漢文学、日本史学または東洋史学の学識を有する-と明記。この中から専門分野のバランスや健康状態などを勘案し五人以内を選定するとした。
 八四年六月時点の考案者候補の一覧も添付され、井上氏のほか、「平成」改元時に最終候補に残った三案の一つ「正化(せいか)」を提出した宇野精一東大名誉教授(中国哲学)が入っていた。日本史学の坂本太郎、国文学の市古貞次両東大名誉教授、中国史学の貝塚茂樹、中国哲学の平岡武夫両京大名誉教授も名を連ねた。

◆35年前から国書案

<所功京都産業大名誉教授の話> 元号法制定から十年後に昭和天皇が逝去されるまで、元号選定の途中経過を示す文書はないとされてきた。
 元号考案者候補の顔触れから、文書を作成した段階で国書(日本古典)を出典とする案を検討していたことが裏付けられた。今回の「令和」で初めて国書が採用されたことは、三十五年前からの構想が花開いた結果と言える。
<平成改元> 1989年1月8日に元号を「昭和」から「平成」に改めたこと。前日7日午前に昭和天皇が亡くなったことに伴い、当時の竹下内閣が直ちに選定手続きに入った。有識者懇談会や全閣僚会議などを経て、同日午後の臨時閣議で改元政令を決定し、当時の小渕恵三官房長官が正式発表した。平成の出典は「史記」と「書経」。山本達郎東大名誉教授(東洋史学)が考案したとされるが、歴代首相の指南役だった陽明学者の安岡正篤が先に提案していたとの説もある。

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