<熊本プレハブ酒場 仮設団地3年>(上)つらい体験 飲んで笑って 心のよりどころ、来月末閉店

2019年7月29日 02時00分

プレハブの居酒屋「酒心」の店内。おかみの奥村かおりさん(左)のもとに仮設住民らが集う=熊本県益城町のテクノ仮設団地で

 熊本地震(2016年4月)の被災者が暮らす熊本県益城町(ましきまち)の「テクノ仮設団地」は、入居開始から3年となる今月いっぱいで多くの人が退去を迫られる。団地内の商店街にあるプレハブ居酒屋「酒心(しゅうしん)」も8月末に閉店。入居者の心のよりどころだった酒場を訪ね、被災者の今を見つめた。 (奥村圭吾)
 激しい雨が屋根をたたく七月の夜。五百を超える灰色の仮設住宅が碁盤の目のように立ち並ぶテクノ仮設団地の中ほどにある一軒のプレハブ小屋に、蛍光灯の明かりがともった。
 軒先で男性客がぬれた傘をたたんでいると、「いらっしゃい」。居酒屋「酒心」のおかみ、奥村かおりさん(38)がすかさず引き戸を開け、笑顔で出迎えた。
 四人掛けのテーブル二つとカウンター七席ほどの店内は、この日も住民らで満席だった。馬刺し、魚フライ、ポテトサラダ、イノシシ肉の煮込み-。地元の食材を使った手作りのおばんざいをアテに、働き盛りの若者からお年寄りまでにぎやかに地元の焼酎などを酌み交わす。
 それぞれ、つらい体験をしてきた。
 ごめんばってん。死ぬかもしれんけん-。妻さつきさん(59)と一緒にカウンターに座っていた田上(たのうえ)信弘さん(63)は、三年前の四月十六日未明の本震で、自宅で生き埋めになった。
 激震とごう音。目を開けると、天井に押しつぶされ、身動きがとれなくなっていた。心の中で死を覚悟しながら、離れて生き埋めになった妻を「もういっとき、がんばれ」と励まし続けた。レスキュー隊に助け出されたのは、約六時間後だった。
 震災直後は、命が助かったことに感謝した。前向きに生きていくために、まずは全壊した自宅の再建を目指した。ところが、自宅は県の区画整理事業にかかってしまった。区画整理の完成は八年後。田上さん夫妻に宅地が引き渡される時期は未定だ。
 さつきさんは「震災直後の方が『家に戻るぞ』という希望に満ちあふれていた。今はいつ仮設暮らしが終わるのか、未来が見えない」と不安を募らせる。
 カウンターでビールを飲んでいた野々村ルミ子さん(85)は、自宅の再建を諦めた。大切な嫁入り道具や庭木、今は施設で暮らす夫との思い出の写真-。全て家とともに崩れてなくなり、現在は仮設で一人暮らしをしている。
 終(つい)のすみかとして、県が来春、隣の集落に造る災害公営住宅を選んだ。だが、今もバスに乗り、なくなった家の近くのスーパーに向かう。「次の場所が人生を終える家になるって、まだピンとこない。別の仮設に行くだけのような気がして」。住み慣れたわが家への愛着は消えない。「私なりに腹を決めたつもりだったんだけど…」。グラスに残ったビールを飲み干した。
 「もう一杯いかがですか」と奥村さんが勧めると、「いつも長居しちゃうと申し訳ないから…」と席を立った。
 しんみりしたり、被災者同士だからこそ笑い飛ばしたり。プレハブ酒場の夜は更ける。
<テクノ仮設団地> 2016年7月、熊本県益城町小谷の工業団地内に建てられた県内最大516戸の仮設住宅。スーパーマーケットや飲食店も立ち並ぶ。入居期限は原則2年。今月末、特例で認められた1年間の延長の期限を迎える。先月末時点で、247戸に577人が入居。被災者は県内外の仮設住宅に計4521世帯、1万318人が暮らしている。

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