<再発見!伊豆学講座>ミシマサイコ 山野に自生した「特効薬」

2020年2月9日 02時00分

黄色い花を咲かせたミシマサイコ(栽培種、昨年9月初旬撮影)=伊豆の国市で

 ミシマサイコは、総称サイコ(柴胡)の、特に三島、伊豆で産するものを呼称したものである。セリ科の多年生植物で、日当たりのいいやや乾いた草地に生育する。丈は一メートル内外、花は黄色、根は黄褐色で太く長い。これを乾燥させて生薬に使う。サイコは、古くは中国・宋(日本は平安時代末期)の「和剤局方」に掲載されている。伊豆の地誌を著した「増訂豆州志稿」には山野に自生し、殊に狩野、大見、伊東に多いとある。
 箱根外輪山の中腹にもたくさんあり、伊豆の国市浮橋ではかつてサイコ掘り棒が大抵の家にあって商売をするほど採ったという。MOA大仁農場ではかつて田中山で採れたサイコの写真を保管しているという。駿河から相模にかけて採れるものも「三島柴胡」といい、そのうち、相模で採れるものは特別に「鎌倉柴胡」とも呼ばれていた。
 江戸時代の「伊東誌」に「医書に鎌倉柴胡という是なり。伊東近郷の山中より出す薬品は最上品たり。江府及大坂へ積み出す。伊豆国中この品多く出すといえども伊東最多しとすべし。薬種産物に伊東においてこの品の外金高の多く出すはなし。吉田村、富戸(ふと)村、鎌田村、十足(とうたり)村、荻村、池村、山付六ケ村おのおの出すを、伊東にてひさぐ故に伊東産物のうちにのせたり」とある。
 正保四(一六四七)年完成の「毛吹草」に「良姜(りょうきょう)」として伊豆の特産物にあげられている。天保十四(一八四三)年の沢田村「卯御年貢上納押合帳(うのおねんぐじょうのうおしあわせちょう)」(河津町の古文書)にはサイコを売って納税したことを示す「柴胡冥加永九十文」という文言がある。明治六年のウィーン万国博覧会には戸田村産のサイコ二箱が出品された。
 「初代静岡県知事関口隆吉の一生」は、サイコを巡る関口隆吉と薩摩藩家老小松帯刀の会話の一部を紹介している。「『それにしても関口殿は、高熱で大変苦しんでいるご様子ですな。私が江戸に下る途中、箱根峠の手前の三島宿にて風邪をひき、苦しんでいた折りに、韮山代官江川太郎左衛門殿から、解熱、鎮痛の特効薬である三島柴胡を貰(もら)って、大変助かりました。手元にその薬草がありますので、それをお飲みになって、早く風邪を治されることが先決ですな……』そう言って帯刀は立ち上がった」
 「『まず薬をお飲み下さい。この薬草は、三島で採れるものが良質ということで採り尽くされて、絶滅寸前でしたが、江川代官がその保護育成に努めた結果、旧に復しつつあるようです。お飲みになって、しばらく身体を休めていてください』」などの記載がある。
 江川文庫史料の中に三島宿の宿泊者の容体書が残り、医師が柴胡湯を処方したことを報告している。
 現在ミシマサイコの野生品はほとんどないため、薬品として関西以西で栽培されたものが用いられている。しかし、国内産は良質で高価、現在使用される大部分は、輸入品の中国産である。 (橋本敬之・伊豆学研究会理事長)

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