忘れない 映画が消えた日 監督と写真家 非常事態の街歩く

2020年5月6日 02時00分

4月8日午前、静けさに包まれた映画館の前でたたずむ男性=新宿区で(街の写真はいずれも橋立拓也さん撮影)

 映画が消えた日を忘れない-。新型コロナウイルスは、多くの映画館を閉ざし、制作現場を止めた。緊急事態宣言が発令された直後に、映画監督の泉原航一さん(32)と写真家の橋立拓也さん(50)は、都内各地を訪れ、見えない敵と戦う街の姿を写真に記録した。
 発令翌日の四月八日。国内最大級の歓楽街・歌舞伎町(新宿区)の映画館「TOHOシネマズ新宿」は臨時休業となり、静けさに包まれた。上映作品の案内板は消え、エスカレーターを上った先は立ち入り禁止に。以前は大勢の観光客や恋人たちが行き交っていたこの場所に、男性が一人たたずんでいる。何を思ったのか、後ろ姿がさみしさを物語る。
 練馬区の東映東京撮影所には、以前はなかった「サーモグラフィ検温所」と掲げられた建物が立っていた。調布市の角川大映スタジオも、大魔神の石像前に消毒用アルコール液が並んだ。「あの日」まで関係者がせわしなく行き交った場所は、人影まばらだった。
 撮影現場には通常、俳優や録音、照明など、少なくとも四十人が集う。密集状態を避けられず、泉原さんも四月上旬以降の仕事の予定は全て、中断された。
 「できることは、歴史の節目となるこの時代を切り取ること」。仕事仲間の橋立さんに声を掛け、四月七、八日、十一日に新宿や渋谷、撮影所などを回った。泉原さんの意図をくみ取り、橋立さんが撮影した。
 他国と比べて日本は、映画産業への支援がそもそも少ない、と泉原さん。「遅かれ早かれ、こうなったと思うが、コロナがとどめを刺した」と指摘する。「見聞を広められる映画は絶対に必要。生きていく中で、映画から得られたことは大きい。日本の映画芸術が残ってほしい」。今回の撮影には、そんな祈りを込めた。
 撮影した写真は映画関連以外も含め四千枚に及ぶ。いずれは、自身の映画作品などを通じ、公開していく考えだ。
<泉原航一(いずはら・こういち)> 1987年、大阪府岸和田市出身。監督を務めた2013年の自主制作映画「祭に咲く花」で賢島映画祭準グランプリなどを受賞、16年のショートフィルム「Girls Night Out」で少年短編映画祭観客賞を受賞している。中野区在住。
<橋立拓也(はしだて・たくや)> 1970年、江戸川区生まれ。サッカー、野球などスポーツ写真を撮りながら、年に数回、海外へ出掛ける。2018年、泉原さんの監督作「死ぬまで吠(ほ)えろ」にカメラマンなどとして参加。著書に新疆(しんきょう)ウイグル自治区から中央アジアの陸路紀行「STRANGER 2018」など。同区在住。
 文・中村真暁
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