<五日市新聞>「憲法」生んだ進取の地 明治期に民間試案、農民ら熱い議論

2020年5月3日 02時00分

五日市憲法草案が見つかった深沢家屋敷跡

 国民の権利と自由を保障する先進的な内容で知られる明治期の憲法試案「五日市憲法草案」。誕生の地、あきる野市の旧五日市町エリアは江戸時代から、東京や横浜を行き来する商人でにぎわう一大商業地として栄えた。都会の文化や知識を取り入れ、はぐくまれた進取の精神。今は秋川沿いにキャンプ場や魚釣り場が点在し、自然が魅力の観光地として有名だが、耳を澄ませば自由を求めた先人の息吹が聞こえてくる。
 JR五日市線の終着駅・武蔵五日市駅から車で約三十分。のどかな田園風景の中に、大きな蔵が見えてきた。都指定史跡の深沢家屋敷跡。一九六八年、東京経済大のゼミ生だった元専修大教授の新井勝紘さん(75)らが、この蔵から発見したのが二百四条からなる五日市憲法草案だ。蔵は一九九四年に修理された。
 明治期の自由民権運動が盛んだった時期に、屋敷のあるじで、地域の名主だった深沢権八を中心に結成された五日市学芸講談会の有志と、千葉卓三郎=肖像画、あきる野市教委提供=がつくった民間試案の一つ。国民の権利についての規定が百五十条を占め、地方自治や教育権も明記。現代の日本国憲法に通じる民主的な条文は色あせない。
 地元の五日市郷土館で歴史を調査する清水菊子さんによると、この地域は当時、現在の檜原村で産出されるスギやヒノキの取引で活況を呈し「商人たちは都会から自由な気風も運び込みました」。草案の起草者の千葉は五日市小学校の前身「勧能学校」の教師だったが、深沢家に多くの地主や農民が集まり、政治や憲法を巡って熱い議論を交わしたことが土壌にある。進取の精神が庶民にまで浸透していた証しだろう。
 改憲を掲げる安倍晋三首相が登場し、五日市憲法は再び脚光を浴びた。昨年には新井さんも参加し、西多摩地域の市民が五日市憲法の意義を伝える手作りの短編映画「みんなの憲法」を製作。呼び掛け人の羽村幸子さんは「推進派か反対派かはともかく、憲法はどういうものなのか考えてもらいたかった」と話す。
 映画は無料で貸し出しており、勉強会を開く市民グループなど全国から引き合いがある。都内の高校でも教材として活用されているという。今に息づく五日市憲法。千葉らは目を細め、議論の様子を見守っているに違いない。
   ◇
 旧五日市町は、幕末から明治にかけて、檜原村などで取れるスギをもとにした木炭産業を中心に発展した。1995年、旧秋川市と合併して「あきる野市」に。日清・日露戦争などで看護師として活躍し、世界初のナイチンゲール記章を受けた萩原タケ(1873~1936年)の出身地。
 ★都内の民間企業が昨年9~12月に実施した「温泉総選挙2019」で、「秋川渓谷 瀬音の湯」が「うる肌部門」で全国1位に輝いた。
 ★地域に伝承される軍道紙は都内唯一の伝統工芸和紙。大坂夏の陣の落ち武者が、大旗に使用する紙をすいた技術を伝えた、ともされる。

◆大岳鍾乳洞 冒険への入り口はコチラ

 市内西部に広がる山間部に「洞窟」がある。1961年に発見され、都の天然記念物に指定されている大岳(おおたけ)鍾乳洞(養沢)だ。
 1周約300メートル。ヘルメットをかぶって、腰をかがめたり、細い通路を擦り抜けたりして進む。所要時間は約30分。探検ごっこをした昔にタイムスリップした気分になる。経営する田中嘉伸さん(42)は「保育園や幼稚園の子どもたちも楽しんでくれるんですよ」と笑う。
 発見者は祖父の田中雄嘉造(おかぞう)さんで、観光用に手掘り整備して開業した。長年、妻のユキさんと切り盛りしていたが、雄嘉造さんに続き、ユキさんも4年前に100歳で死去。今は嘉伸さんが毎日受付に立ち「皆さんを笑顔で出迎えたおじいちゃん、おばあちゃんの気持ちを大切にしたい」と話す。
 入場料は大人600円、小中学生400円、幼児200円。問い合わせは大岳鍾乳洞=電042(596)4201=へ。

◆編集後記

 「渋谷がまだ村だったころ、五日市は町だった」。夏に行われる地域ぐるみのイベント「ヨルイチ」のキャッチコピーだ。五日市憲法草案を生みだした先進的な土地柄で、住民の誇りは強い。自然豊かなアウトドアスポットとしてだけでなく、少し町を歩けば歴史や文化の薫りを感じることができる。コロナ禍が一段落したら、家族でゆっくり過ごしてみたい。
 文と写真・布施谷航
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