東京近郊 気まぐれ電鉄 多磨霊園散歩と尻手銀座の秘宝 西武多摩川線 JR南武線

2020年4月8日 11時32分

著名人を訪ねて多磨霊園を散歩

 中央線の武蔵境駅の脇から西武の多摩川線というのが出ている。昔、そう僕が学生だった70年代くらいまでは、車体に鋲がむき出しになったような、ひときわ古い西武電車が停まっていて、これを中央線の車窓越しに眺めるのがおもしろかった。今回はこの西武多摩川線からスタートしよう。

春らしい陽気の取材日。西武多摩川線の武蔵境駅から電鉄の旅がスタートします。

 多摩川線の駅、ひと頃の吹きさらしのホームは外壁に覆われて、随分新しい雰囲気に変わったけれど、ホームには懐かしいカラーの車両が停まっている。ピンクとアイボリーのツートンカラーの電車は1960年代当時の配色を復刻したもので、ユネスコ村や豊島園に遊びにでかけた子供の頃のことが回想されてくる。
 しばらく並走していた中央線から離れて南下した電車は新小金井を過ぎると、豊かな緑地が広がる野川公園の橋を渡る。この辺の景色はいかにも郊外のローカル線の風情。次の多磨駅で途中下車することにしよう。

多磨駅から徒歩5分程度の場所にある多磨霊園。自然豊かな木々を見ながら散歩します。

 この駅は多磨霊園の門前駅で、以前は駅名も多磨墓地前、といった(不動産イメージの関係で“墓地”を取ったという説を聞いた)。駅を出ると、踏切脇の人見街道のあたりから石屋さんが目につき始める。ブリキ板に“木村屋”などと手書きで記した、昔ながらの佇まいの石屋がよく残っていて、ホッとする。とくに正門に向かう門前通りには、右読み表記を出した戦前調の石屋もあって、霊園の歴史が感じられる。
 東京市営の墓地として多磨霊園が開園したのは大正12年(1923年)の関東大震災の少し前。広大な園内には名士の墓も多い。
 「東郷平八郎が眠ってるんですよ」
 学生時代に日露戦争の関連本を読んで以来の“東郷ファン”だというスタッフのTが、園内に入るなりいった。事務所でもらった案内図に“著名人墓所”の番号リストも載っていて、これによると東郷平八郎は<7区 特種 1側 1番>というメインストリート(名誉霊域通り)沿いの1等地に置かれている、その並びに山本五十六の墓があったが、まずこういう軍神の墓所から多磨霊園の名は知られ、ブランド墓地へなっていったらしい。
 しかし、東郷平八郎のような軍人から高橋是清、江戸川乱歩、北原白秋、ディック・ミネ、ゾルゲ…と、著名人の幅が実に広い。<10区1種>というエリアに三島由紀夫、長谷川町子というタイプの違う作家の墓があるようなので、案内図を頼りに行ってみたが、1ブロックの範囲は広く、番号の付け方も複雑で、探しあてるのはなかなか難しい。見つけた著名人の墓のなかでは、「太陽の塔」を思わせるオブジェのある岡本太郎・かの子・一平の家族の墓が印象に残った。

多磨霊園近くにある『茶房 山もも』で昼食をいただきました。

 僕らが歩いたのは、敷地のせいぜい4分の1ほどの区域だが、スマホの歩数計はあっという間に5千、6千をカウントしている。浅間山(せんげんやま)の方に続く草深い散歩コースも良いのだが、外に出て、正門前のカフェでランチを取ることにした。シャレた洋館づくりのこの建物、外壁に忠(マル忠)のマークが入ったここも元は石屋さんなのだ。カフェの脇に花屋、裏方には石材が並び、いまも石屋の営業は続けられているようだ。応接間風の店内でハヤシライスを注文して、カウンターの若い女性に伺ったところ、彼女の曽祖父の代からの石屋というから、逆算して霊園の開園当初からの家だろう。

多摩川に架かる是政橋から高架化された南多摩駅へ

 多磨駅から再び多摩川線に乗って、終点の是政へ向かう。こんどの車両は黄色いカラーで、僕より20年くらい下のTの世代のスタッフたちには、こっちが西武線らしい色のようだ。白糸台の先で京王線と交差、中央自動車道をくぐると競艇場前、そして終点の是政。

是政駅前商店会の入り口には井田是政をモデルにしたキャラクターがいました。

 是政(これまさ)という時代劇の役名をイメージさせる駅名、やはり由来は人の名で、北条氏照の家臣を務めた井田摂津守是政という武士がもとらしい。もっとも、この是政を終点にした西武多摩川線の前身、多摩鉄道は大正時代、多摩川原の砂利(ジャリ)を運搬する目的で敷設された鉄道で、競艇場(ボートレース多摩川)になった池は、もともと砂利掘削で生じた穴に湧き水が溜まったものだったという。

府中市と稲城市を結ぶ全長約400mの是政橋。素晴らしい景観を見ながらジョギングも楽しめます。

 井田是政らしき武士のマンガ調キャラの看板が出た、さびしい商店街をぐるりと通りぬけて、多摩川に架かる是政橋を渡る。レインボーブリッジ風のハープ状の欄干を備えたこの立派な橋、2月の<東京新聞杯>のときにレースを観戦した東京競馬場の上階の部屋からも見えたはずだ。橋上で振り返ると、背後に東京競馬場のビルが垣間見えるが、前方には緑豊かな稲城あたりの丘陵が続き、その手前にある<麺のナカニシ>という製麺屋の赤い看板が妙に目につく。
 渡った向こう岸には南武線の南多摩という駅がある。先の“多磨”とマの字が異なるのが紛らわしいけれど、北岸の多磨は昔の一帯に付いていた“多磨村”の村名に由来するのだろう。
 それはともかく、この南多摩の駅もひと頃の地味な田舎駅からニュータウン風に変貌した。駅前広場には、稲城名物の梨をモデルにしたキャラクター<稲城なしのすけ>ともう1つヤッターマンの人気キャラ<ヤッターワン>の像が置かれているが、いずれもガンダムのモビルスーツなどのデザインで知られる大河原邦男氏の作。氏が稲城出身という縁に因るらしい。それと駅前の街道沿いに<中華そば専門店>というのがあったが、ナカニシの麺を使っているのか…気になった。

JR南武線南多摩駅ロータリーにある稲城市の公式イメージキャラクター“稲城なしのすけ”。

 さて、突飛な乗り継ぎを1つのテーマにしているこの“気まぐれ電鉄”、西武多摩川線の是政と多摩川の橋1つ挟んだ南多摩から、こんどは南武線に乗って川崎方面へ向かうことにする。
 南多摩のホームに入ってきた南武線も、いまやスマートなステンレス車両になったが、東横線沿線の高校に通っていた70年代前半、武蔵小杉で見掛ける電車はまだ焦茶色の古くさい車両だった。矢野口、稲田堤、中野島…この辺は多摩川の岸に向かって、“なしのすけ”のもとにもなった梨の畑が広がっていた地域だが、いまや車窓は宅地に埋めつくされている。登戸、武蔵溝ノ口、武蔵小杉、以前バス旅で立ち寄った平間を過ぎて、終点の川崎の手前、尻手駅で降車した。ここで、海側へ直進していく南武線支線の方へ乗り継いで、終点の浜川崎まで行ってみたい。

尻手駅から浜川崎駅をつなぐ

 30分ほど電車がこないので、一旦外に出て尻手の駅前を散歩してみよう。ところで、この尻手(しって)という字面も語感もおもしろい駅名を意識するようになったのは、焦茶の南武線が走っていた高校生の時代、それは妙なきっかけだった。当時(72年)デビューして、瞬く間にブレイクした郷ひろみのお父さんがこの尻手の駅員を務めているなんて話題がよく芸能誌に載っていたのだ。尻手の名がユニークだったこともあって、とりたてて郷のファンでなくても、僕の世代には知る人が多い。

マンションの間にひっそりとある小さな公園で、シーソーを楽しみました。

 そんな尻手の町はなかなか見るべきものがあった。表通りには<DVD鑑賞>の大看板を掲げた、ドライバー向けの娯楽場があったり、<しって銀座>という場末めいた商店筋が口を開けていたり。この<しって銀座>、古い洋品店や豆腐屋が並ぶ町並も魅力的だったが、おーっ!と思わず声をあげたのは、薬屋の店先にコロナウィルス騒ぎ以来品薄のトイレットペーパーとティッシュの箱パックを見つけたこと。3月上旬の取材日は、どこへ行っても両者が見つからない時期。僕はティッシュ(5箱パック)、なかむら画伯はトイレットペーパー(12個パック)を購入。以降ぶらさげながら旅は続いた。“コロナ禍の秘宝”を発見した町として、尻手は長らく記憶されることだろう。

昔ながらの商店やスーパーが並ぶ尻手銀座商店街を散歩しました。

 八丁畷、川崎新町、小田栄(おださかえ)というアイドル女優みたいな駅の次が終点の浜川崎。ここで鶴見線に乗り継ぐこともできるが、またかなり待たなくてはないので、乗車は打ち止めにすることにしよう。
 駅を出るや否や、すぐ先の踏切を貨物列車が通過していったが、これは東方の浅野セメントを前身にもつデイ・シイ(太平洋セメント)に出入りする貨物線のようだ。そう、この南武線(前身・南武鉄道)も、多摩川の砂利、さらにその奥の青梅や五日市から原材料の石灰石を川崎のセメント工場に運搬する目的をもった鉄道だったのだ。

JR南武線の浜川崎駅近くの踏切は、貨物列車を真近から狙える撮影スポットでした。

 貨物線の踏切を渡った先は、鋼管通の名を付けた昔の日本鋼管のお膝元の工場街。<川崎ハード>という渋い屋号を掲げたハードな鉄材系の町工場の脇からまた別の貨物線の低いガードをくぐると、以前乗った川崎鶴見臨港バスの営業所があった。その裏門傍らの路地裏みたいな一角にぽつんと立った停留所から川崎駅行きのバスが出ているようだ。帰路はこのバスに乗って川崎へ出ようか…。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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