石井正忠さん「新鮮。楽しくて仕方ない」 J1監督→給食センター→タイのクラブ監督

2020年2月6日 16時00分

2016年クラブワールドカップ決勝戦で、指示を出す鹿島時代の石井正忠監督=日産スタジアムで

 サッカー界を離れ、異例の転身を経て再び監督へ。J1鹿島などで指揮を執った石井正忠さん(53)が、タイのクラブチームで監督として新たなスタートを切った。また重圧との闘いだが「新鮮。楽しくて仕方ない」と話す。「オファーが来るとは思わなかったが、ドキドキするような選択をした方がいいと思った」。一月から、バンコク近郊にあるタイ一部リーグ昨季六位の「サムットプラカン・シティー」の監督を務める。
 Jリーグ草創期の現役時代はジーコ氏らと鹿島でプレーし、引退後のコーチ時代も含め、数々のタイトル獲得を経験。監督として二〇一六年に鹿島を年間優勝に導き、その年のクラブワールドカップは決勝まで進み、名門レアル・マドリード(スペイン)に善戦。世界に衝撃を与えた。
 プロの世界は結果がすべて。翌年は成績不振で途中退任。J2大宮をJ1昇格に導けなかった一八年限りで現場から離れた。「家族との時間を増やしたい」との思いもあった。
 異例だったのは、新たな働き場所だ。住まいのあった茨城県鹿嶋市の給食センターに履歴書を出した。週末などに休みが確保しやすかった。「『あの石井さん?』と職員の方は驚いていた」というが、将来の選手育成を重要視するプロサッカークラブに関わってきた一人として、センターの仕事も「間接的に子どもたちに関われる」と思った。
 ジャガイモ約二百キロなど、野菜の皮をむいて機械に入れるといった調理を担当し、小中学校など五千五百人分の食事を「一生懸命作った」と振り返る。
 一方で、日本の指導者を高く評価するクラブのオーナーから何度も誘われた。クラブは今季が参戦二季目。リーグ制覇とアジア・チャンピオンズリーグ出場を目標に掲げる。
 石井さんも「優勝を義務付けられたチームで再び指揮を」と心に火が付いた。慣れない環境に苦労も多いが「日本は整いすぎている」と切り替え、「一年後か二年後になるか分からないが、目標に近づきたい」と意欲的だ。 (唐沢裕亮)

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