文京・藪下通り 文豪も愛した風情を壊さないで マンション建設で石垣撤去計画

2019年6月30日 02時00分

石垣の前に立ち、「大好きな壁を残して」と話す落合晴寿さん

 「この道ほど興味ある処(ところ)はない」-と小説家永井荷風も親しんだ「藪下(やぶした)通り」(文京区千駄木)で、当時の風情を残す石垣が、マンション建設に伴い取り壊される危機にある。保存を求め、地元住民は署名活動の準備を始め、小学生も成沢広修(ひろのぶ)区長に手紙を出した。区は緊急車両の通過などで撤去が必要だと説くが、慣れ親しんだ景観を何らかの形で残してほしいと住民たちは願っている。 (中村真暁)
 藪下通りは、文豪・森鴎外の旧居「観潮楼(かんちょうろう)」(現・森鴎外記念館)から根津神社裏門近くに続く約五百メートルの道。鴎外や荷風らの作品に登場し、散策に訪れる人が後を絶たない。

「汐見坂」と書かれた石碑

 マンション建設地は、江戸城を築いた太田道灌の子孫の下屋敷跡地といわれ、高さ四メートルほどの石垣が約三十メートル続き、その一角に「汐見坂」と記された石碑が立つ。石垣の建立時期は定かでないが、一九三七年の地元小学校の記念誌には、石碑の写真が載っている。
 マンション事業主から住民への窓口業務を委託された不動産会社や、区都市計画部によると、石垣に面する藪下通りは幅が四メートル未満で、建築基準法に基づき、緊急車両が通過できるよう拡幅する必要がある。また、石垣は民有地から区道にはみ出して立っている。
 区はこうした事情から、建設時に区道の上から石垣を取り除くよう事業主に指導したとしており、担当者は「新しい壁になれば、土砂災害時などの安全性も増す」と説明する。
 地域で生まれ育った清水真吉さん(88)が、建設計画の看板設置で石垣の撤去を知ったのは五月上旬。「石垣は地域のシンボルで、故郷そのもの。突然コンクリートになるなんて。面影だけでも残せないか」と、地域の人々に考えを聞いた。有志は、区への署名活動をするグループを六月二十一日に結成。落石の危険性など防災上の課題をクリアして、「何らかの保存ができるよう、住民と関係者が協議する場を設けてほしい」と求めるつもりだ。
 近くの小学生、落合晴寿(せいじゅ)さん(8つ)は「僕の大好きなこの壁だけは、どうしても残してほしい」と先月下旬、成沢区長にハガキを出した。「石垣を見ると家に帰ってきたなとほっとして、元気をもらえる。鴎外もよく歩いていた通りで、無くなるのは残念」と訴える。
 下屋敷跡の公園を管理する区民管理団体「千駄木の森を考える会」の郷野伊都代さん(57)は「大名屋敷があり、文豪たちも作品に残してきた地域。歴史の積み重ねの一端があの石垣に凝縮されている」と、その価値を説明する。
 不動産会社によると、事業主側は早ければ七月中旬にも着工予定。石碑の保存は検討しているという。
 署名の問い合わせは、清水真吉さん=電03(3821)9443=へ。

「面影だけでも石垣を残せないか」と話す清水真吉さん=いずれも文京区で

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