検察庁法改正案 法が終わり、暴政が…

2020年5月16日 02時00分
 政権による「特例」人事を認める検察庁法改正案。与党は成立を強行しようとしている。民主政治を踏みにじる手法はいけない。
 「ルイ十四世の『朕(ちん)は国家である』との言葉を彷彿(ほうふつ)とさせるような姿勢である」
 「高名な政治思想家ジョン・ロックは『法が終わるところ、暴政が始まる』と警告している。心すべき言葉である」
 検事総長や検事長など検察幹部だったOBたちが十五日、こんな言葉とともに同改正案に反対する意見書を法務省に提出した。異例中の異例の出来事である。法務省の案にかつてのトップらが反対するのだから。

◆政権の意に忖度しては

 松尾邦弘氏らロッキード事件の捜査にたずさわった元検事らの名前が意見書に並ぶ。思い出の話もつづられた。当時の神谷尚男・東京高検検事長の言葉を元検事たちは覚えていた。
 「この事件の疑惑解明に着手しなければ検察は今後二十年間、国民の信頼を失う」「(八方ふさがりの中で)進むも地獄、退(ひ)くも地獄なら、進むしかないではないか」-そうして元首相を逮捕・起訴したのである。
 検察は政治の影響を切り離さないと、政界疑獄などの捜査はできない。だから、検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例があり、守られてきた。だが、今回の法案の中には「特例」人事の規定がある。
 六十三歳になると役職から外れ、ヒラ検事となるが、政権が認めた場合に限り、六十三歳以降も検事長や検事正などの地位でいられる。さらなる定年延長もある。
 つまり政権のさじ加減で検察幹部の人事を左右できる。そうなると検察まで政権の顔色をうかがい、捜査にまで忖度(そんたく)が働きかねない。これが問題の中核だ。検察OBの怒りも当然である。

◆「特例」人事を削除せよ

 「今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる」-検察OBたちはずばり法案の意図を読んでいる。
 公正中立であるべき検察が、時の政権の意向により、起訴したり、起訴しなかったり…。公判時にも政権の力学が働くかもしれない。これでは厳正中立とはいえず、司法の一翼を担う検察の信頼が国民から一挙に失われる。法案に反対する根本理由はそれだ。
 国民も同じ心配をしている。会員制交流サイト(SNS)のツイッターで「強行採決に反対する」との書き込みが既に七十万件を超えている。タレントら著名人も多く、九~十日にかけての「ネット・デモ」のうねりが続いている。
 もともと共同通信の三月の世論調査では、発端となった黒川弘務東京高検検事長の定年延長をめぐり「納得できない」の声が六割を超えていた。法案は民意に背くもので、与党が強行策を取っては失望せざるを得ない。
 国家公務員の定年を六十五歳とするのに合わせて検察官の定年を六十五歳とする-これに異論はない。問題なのは政権による「特例」の人事を認める規定である。
 十本もの法案を一括した「束ね法案」になっているから、この特例部分を分離・排除すればよいのだ。野党も主張している。法務省も昨年段階までは、そのような内容の原案をつくり、内閣法制局の内諾も得ていたはずである。特例部分の削除は容易にできると考える。
 安倍晋三首相は十四日の記者会見で恣意(しい)的な人事を否定し、「三権分立は侵害されない」と述べたが、いったい誰がこの言葉を信じよう。内閣人事局を通じ「安倍カラー」の人事を乱発し、霞が関の官僚を操ってきたのではなかったか。検察で同じことが起きる可能性は十分にある。
 衆院内閣委員会での審議の在り方に与党議員から疑義も出ていた。委員だった自民党の泉田裕彦議員(新潟5区)が「国会は言論の府。審議を尽くすことが重要であり、強行採決は自殺行為だ」と表明したとたん、自民党は別の議員に差し替えてしまった。
 この出来事に歌手で女優の小泉今日子さんは「もうなんか、怖い」とツイートした。あまりに強権的な自民党の体質にも不信が出ていることを知るべきである。

◆「正しいこと」を行えと

 野党は徹底抗戦の構えだ。衆院本会議でも参院でも抵抗するだろう。検察の独立性を覆す法案は撤回すべきなのだ。与党も理性を働かせないと、国民の信頼から遠くなろう。
 「正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない」-検察OBたちの意見書には絶叫のような一文もある。法が終わり、新たな暴政がやって来ないようにと…。

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