コロナ対策で浮かび上がる「監視社会」韓国 個人情報をここまでさらしてよいのか

2020年4月1日 15時47分

韓国・聞慶に設置された「生活治療センター」で入所者らの健康状態をモニタリングする医療スタッフら=3月12日(聯合・共同)

<視点>ソウル支局・相坂穣
 「感染者は○○地区、○氏(○○歳・女)。2月9日と16日に新天地教会の集会に参加した彼氏と会った」
 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、韓国南東部の慶尚北道亀尾市長が2月下旬にフェイスブックで公開した女性感染者の情報だ。○の部分は筆者が伏せたが、市は勤務先の大手メーカー事業所名まで明かしていた。この女性は、集団感染の発生源として非難を受ける新興宗教の信者との交際まで公にされ、SNSに「家族も友人も傷ついた。身体より、心理面がきつい」と訴えた。

◆防犯カメラ800万台 住民登録証に情報ひも付け 

 韓国の保健当局が防疫のために公開する個人情報は、民主主義国としては異例の細かさだ。カード使用や防犯カメラなどの記録から割り出した訪問施設などを本人らの同意なしに発信する。私のスマホにも行政から1日何回も近隣で感染者が現れたとの緊急メッセージが届く。感染予防の参考にはなるが、自宅アパート、訪れた店や施設の実名などが詳しく書かれたものもあり、断片情報を集めて個人が特定されるのではとの懸念も浮かぶ。
 当局が感染者の動きを捕捉できるのは、16歳以上の国民全員が持つ「住民登録証」の存在が大きい。スマホを買うのにもクレジットカードを作るのにも提示が必須で、買い物や通信、移動記録がひも付けられるため犯罪捜査などにも利用されるといわれる。国内の防犯カメラ設置数も800万台超とされ、密度ではITを駆使した監視社会で知られる中国をもしのぐ。

◆防疫効果は出ている 「感染防げればよい」?

 確かに防疫効果は低くない。国内の感染者総数は1万人に迫っているとはいえ、3月上旬に1日800人を超えるペースで急増を続けた新たな感染者は、3月下旬に100人前後にまで落ち着いた。韓国ギャラップが10日から12日に実施した世論調査でも、文在寅政権の感染対策に対する肯定評価は2週間前から17ポイント上昇して58%になった。

韓国・天安の「生活治療センター」を視察する文在寅大統領(中央)=3月12日(韓国大統領府提供・共同)

 欧州出身の留学生に「韓国は監視社会」とやゆされたことがあるというソウルの男子大学生(24)は、「カードやカメラで、コロナの感染を防げれば悪くない」と肯定的だ。

◆うつ病知られたくない…通院ためらう友人

 韓国の公衆衛生を「21世紀的なデジタル手段を駆使」と伝えた米ウォールストリート・ジャーナルの報道などを挙げて誇る文政権。ただ同紙は、人権意識の強い西欧で「プライバシー論争」が生じる可能性も指摘している。ソウルに住む友人からは、もし感染して足取りが公開された場合、持病のうつ病を職場の同僚などに知られるリスクを考え、心療内科の受診をためらうという切実な告白を受けた。
 文政権は「世界一の透明性」で感染ペースを抑えていると自負するが、ここまで個人の信条の自由や交友関係をさらしてよいのだろうか。社会を挙げた防疫は大切だが、一人一人の心や暮らしへの配慮を忘れてはならない。
(3月31日朝刊「視点」に掲載)

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