コロナ患者攻撃 寛容さを忘れないで

2020年5月8日 02時00分
 新型コロナウイルス感染者らの行動への非難が激化している。感染を広げかねない行為は確かに軽率だが、他者による人権を侵害するような誹謗(ひぼう)中傷は行き過ぎだ。寛容さを取り戻したい。
 山梨県の実家に帰省した東京都内在住の女性が、感染を知りながら高速バスで東京に戻っていたことが判明。インターネットは「テロリスト」などと女性を強く非難するコメントで炎上。女性の身元を暴こうとする試みも加速した。
 女性の振る舞いは確かに非常識だった。しかし、「リンチ」のような追及は行き過ぎだ。山梨県も女性の立ち寄り先まで公表する必要があったのか。
 京都産業大学では、三月に欧州を旅行した学生三人が帰国後、感染に気付かず、ゼミやサークルの懇親会などに参加してクラスター(感染者集団)が発生した。
 無関係の京産大生も就活やアルバイト先で差別され、入店を断るビラを張った飲食店もあったという。感染が拡大していた欧州に旅行した学生らには油断があったが、人格まで否定したり、無関係な学生まで巻き込んだりするのは、やはり過剰反応ではないか。
 過激な批判は著名人らをもターゲットに広がっている。プロ野球阪神タイガースの藤浪晋太郎投手らが食事会で一緒だった女性らとともに感染し批判を浴びた。無症状の感染者からも感染するという未知の病である。感染は「自己責任」と言わんばかりに、たたいていいのだろうか。二〇〇四年、イラク入りして人質となったボランティアらが、自己責任と批判された時のような狭量さを感じる。
 攻撃の矛先は感染者にとどまらず、徳島県では県外ナンバーの車が投石などの嫌がらせを受けた。
 緊急事態宣言下で営業する飲食店に匿名の張り紙で休業を求める「自粛警察」の行為も相次ぐ。
 先が見えないコロナ禍による、社会のいら立ちを感じる。攻撃の大半は匿名によるもので、不気味さを増幅させている。きちんとした議論にもつながらない。
 批判されるのを恐れた感染者らが、症状を明らかにするのを控えて、感染を広げる恐れもある。新型コロナ対策上のリスクも大きい。
 感染は全国に広がり、誰もが感染者になる可能性がある。互いに寛容さを忘れずにいたい。
 報道する側も個人情報などの取り扱いには慎重を期し、感染者攻撃をあおることにならないよう自戒したい。

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