<地球異変 迫り来る気候危機>(上)森林火災、固有種の悲劇 高温の豪・カンガルー島襲う【動画あり】

2020年3月1日 02時00分

オーストラリア南部カンガルー島で2月5日、やけどを負った両手に包帯を巻かれ、横たわるコアラ

 黒焦げの木々、灰色の地面。鳥のさえずりも聞こえない。国立公園や自然保護区に面した道路沿いは二十キロ以上にわたり、寒々しい風景が続いていた。
 二月上旬、コアラやカモノハシなどが生息する「固有種の宝庫」、オーストラリア南部カンガルー島を訪れた。昨年七月ごろから東南部を中心に豪州各地で発生した森林火災でも、被害が甚大だった地域。昨年末の落雷がきっかけの火災は、地球温暖化を一因とする異常な暑さと乾燥で広がり、東京都とほぼ同じ広さにあたる島の半分が焼けた。
 「見渡す限り美しい緑の森だったのに…」。自然保護区の隣で観光農園を管理するカイラ・フィリップスさん(52)はため息を漏らす。農園も燃え、敷地内には宿泊者用の建物の残骸が積み重なっていた。

木々が焼け焦げた風景が広がるカンガルー島

 一月中に火の手は収まったものの、傷を負った野生動物は多く、島内には臨時病院が設けられた。
 「運ばれた動物は四百匹を超える」。獣医師ブラッド・ワードさん(61)は、看護師ミミ・ルンさん(29)と治療に追われていた。大半はコアラで、多くが手足や鼻にやけどを負っている。高温になったすみかのユーカリの木や地面を逃げ惑い、熱気を吸い込んだためだという。回復の見込みがなければ、安楽死に。「つらい気持ちになるよ」とブラッドさんはつぶやいた。

やけどの手当てを受けた後、眠るコアラ

 同島のコアラは、豪本土で流行する「コアラレトロウイルス」や細菌「クラミジア」の感染を免れている貴重な個体群。だが、火災で約五万匹のうち半数以上が死んだとみられる。ユーカリの木々が燃え、「島のコアラの生息域の80%が失われたとの報告がある」と豪アデレード大のナターシャ・スパイト講師(コアラ研究)は指摘する。
 焼けた森では、非営利団体「RSPCA」(王立動物虐待防止協会)のボランティアが動物用のえさや水を置く活動を続けていた。
 「うれしいわ。食べたのね」。ローラ・クールさん(71)は声を弾ませた。二日前に野菜や固形飼料を置いた容器が空になっていた。
 ただ、こうしたえさが有効なのはカンガルーや鳥類に限られる。チームリーダーのジャスティン・ビドルさん(29)は「コアラの場合、ユーカリの緑の葉がないと生きられない」と対応の難しさをにじませた。
 生き残った動物たちには、飢えと渇きが迫る。食べ物を求めてさまよい、交通事故に遭う危険も増している。取材中、道路脇で小柄なカンガルーが横たわり、絶命しているのを見つけた。車にはねられたのか、食料にありつけず力尽きたのか。同島の動物を研究する北海道大の早川卓志助教(ゲノム研究)は「絶滅する種もゼロではないかもしれない」と懸念する。
 大規模な森林火災は、貴重な自然環境を危機にさらす。豪ディーキン大のユアン・リッチー准教授(生態学)は警告する。「温暖化をもたらす気候変動が続くなら、私たちはもっと頻繁に厳しい火災を経験する」 (カンガルー島で、北川成史、写真も)

◆火災、温暖化へ負の連鎖

 大規模な森林火災は昨年来、オーストラリアだけではなく世界各地で相次いだ。気象研究者らは、地球温暖化の影響を指摘するとともに、火災が温暖化を加速させる「負の連鎖」につながると警鐘を鳴らす。
 オーストラリアの昨年の平均気温は観測史上最高、平均降水量は平年を40%も下回った。同国の気象局は、インド洋の海面水温に東西で大きな差が出ると起きる「ダイポールモード現象」が影響したとみる。
 海面水温は例年に比べ、オーストラリアがある東側で低温に、アフリカ大陸がある西側で高温となった。このため、東側で下降気流と高気圧が、西側では上昇気流が生じて雨雲を呼ぶ低気圧が発生しやすくなる。気流のバランスも崩れ、東側では海の深層から冷たい水が上昇し、西側では赤道付近の暖かい海水が流れ込み続けた。オーストラリアと異なり、アフリカではたびたび大雨となった。
 もともと乾いた気候のオーストラリアに、火災が拡大しやすい悪条件が重なった。その上、「温暖化が地域によっては高温・乾燥の度合いを高めており、過去に例のない被害が出やすくなっている」と、東京大先端科学技術研究センターの中村尚(ひさし)教授(気候力学)は指摘する。仮に三十、四十年前に同規模のダイポールモード現象が起きたとしても、火災の被害は今回ほどではなかっただろうとみる。
 火災による環境へのダメージは、さらなる温暖化を招きかねない。中村教授によると、シベリアの森林が燃えて生じたすすが気流に乗りグリーンランドの氷床などに付着すると、太陽の光を吸収し氷が解けやすくなる。永久凍土が解ければ、中に封じ込められている温室効果ガスのメタンが大気中に放出される。

道路脇で命を落としていた小さなカンガルー

 オーストラリアの火災では、全土で十億以上の動物が犠牲になったとみられている。気候変動への取り組みが甘いモリソン首相への批判が強まっているが、温暖化の一因とされる石炭火力発電に依存する日本にとって「対岸の火事」ではない。日本で使う石炭の七割は、オーストラリアに頼っている。
 シドニー大のクリス・ディックマン教授(生態学)は「二酸化炭素(CO2)を削減する技術の向上が求められるが、長期的には太陽光など再生可能エネルギーをもっと活用する必要がある」と語る。同大のデイル・ドメニー・ハウズ教授(自然災害)は「温暖化対策に取り組まない限り、問題は解決できない」と言い切った。気候危機を避けるため、対応は待ったなしだ。 (バンコク支局・北川成史、福田真悟)
 大規模火災をはじめ、世界中で温暖化を一因とする異常事態がやまない。シリーズ「地球異変 迫り来る気候危機」では、生物が絶滅の危機に追いやられ、人々の暮らしが脅かされる海外の現場を取り上げ、未来に向けたヒントを探る。

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