薫風を感じつつ、思う

2020年5月11日 02時00分
 東京都などにコロナ禍対応の緊急事態が宣言されて一カ月余。自宅に近い目黒川沿いの遊歩道を五キロほど走るのが日課となった。十五年通うジムの休館に在宅勤務。ご多分に漏れず「コロナ太り」対策である。
 街路樹の花はソメイヨシノからハナミズキへ、下植えの彩りはオタカンサスからサツキへ。季節は確実に移ろい、川面ではキラキラと太陽の光たちが鬼ごっこ。ヒュルルー。耳元に渦巻く風には、老いぼれた冬より生まれたての夏の体温を感じるようになった。
 スースー、ハーハー。荒い息と流れる景色の中で、意識はあちこちに散らばっていく。グローバル化を是としてきた社会、経済、文化の営みは、災禍の終焉(しゅうえん)とともに元通りになるのか。しばらく会っていない友人、知人とのつながりは、再び「密」になれるのか。
 とりとめのない不安に、答えなど見いだせない。他者と触れ合ってはならぬ、自身も感染者との前提で振る舞え-。外出自粛の要請は医学的には絶対の真理だが、自身の存在自体が汚れであり「罪」であると思うと宗教の世界に迷い込むようだ。「ポスト・コロナ」の概観は、哲学の領域になるのだろうか。
 平日の公園で無邪気に遊ぶ子と父親。その姿が「現状を受け入れろ。先のことなど誰も分かりゃしない」と、雑念を吹き飛ばしたりもする。そして今日もまたスースー、ハーハー。マスクの中に荒い息を吐く。(白鳥龍也)

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