遣唐使・吉備真備の墓誌か 中国留学中に記す?

2019年12月26日 16時00分

吉備真備の筆跡とみられる墓誌の拓本の一部分=深セン望野博物館所蔵・共同

 【北京=共同】奈良時代の高級官僚で遣唐使として唐に渡った吉備真備(きびのまきび)が書いたとみられる墓誌が中国で発見されたことが分かった。研究に携わった専門家が明らかにした。吉備真備が書いた文字は日本でも見つかっておらず、専門家は本人の書体や留学中の生活の一端を知る貴重な資料だと評価している。
 明治大学東アジア石刻文物研究所の気賀沢保規(けがさわやすのり)所長によると、広東省にある「深セン望野博物館」が二〇一三年に入手した唐の官僚の墓石に刻まれた墓誌を分析したところ、末尾に「日本国朝臣備書」と書かれていた。日本の「備」と呼ばれる人物が書いたことになっており、吉備真備のことを指すとみられるという。
 気賀沢氏によると、三百二十八文字の墓誌は河南省洛陽で見つかった。楷書で書かれ、唐代の有名な書家、〓遂良(ちょすいりょう)の影響が見て取れるという。唐代に外国使節の接待などを担った官僚、李訓(りくん)が七三四年六月に死去したことなどをつづった内容。
 気賀沢氏は「本物の可能性が高い。吉備真備が留学中に身に付けた教養などを知ることができ、今後の新たな研究につながる資料だ」と話した。墓誌は深セン望野博物館が保管し、一般公開されている。
 吉備真備は七一七年に阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)らと一緒に唐に留学。帰国後、再び唐に渡った。
※〓は楮の左がころもへん

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