(42)「情を持って報せる」 データとは

2019年11月21日 02時00分
 選手は対戦相手のデータを確認して試合に臨む。タブレット端末のiPadを片手に指揮を執る。今やスポーツの現場では当たり前。各競技団体には情報分析の専門家がいる。全日本柔道連盟(全柔連)科学研究部の石井孝法さんは「情報が勝敗に占める割合は大きい」と言う。オリンピックは世界最高レベルの情報戦といっていいだろう。
 全柔連の科学研究部が重視するのは、海外選手の技の傾向や得意な時間帯だけではない。道着の位置を14カ所に分け、つかむ位置から技をかける方向までチェックする。他にも対日本人ではどう闘い方を変えてくるか、など細部にわたる。この5年間で約3万試合を分析し、約5000人の特徴を網羅している。
 一方でデータは無機質だ。指導者の中には数字を毛嫌いし「感覚が大事」と拒む者もいた。石井さんは現役時代、100キロ級で井上康生や鈴木桂治と闘ってきた。当時の経験を生かし、心掛けていることがある。「データを流し過ぎないこと。できるだけ我慢して、本当に必要なタイミングで伝えるようにしている」
 トップ選手になると、多くの助言やデータが集まってくる。情報過多になれば選手が戸惑ってしまう。大切なのは、分析した客観的な事実をどの場面でどのような言葉で伝えるか。「勝負は紙一重。選手が自信をもって試合に挑めればいい。良い情報を提供して、不安と恐怖心をつぶしてもらいたい」
 情報とはデータ分析や数字を指すのではない。「情」とは他人を思いやる心、選手に寄り添う気持ち。石井さんの役割は「情」を持ってデータを「報(しら)せる」こと。「数値屋さんみたいに言われるけど、全然そうじゃない」。無機質な数字に血を通わせ、魂を入れる。そうして初めて「情報」になるのだろう。
 文・森合正範/写真・澤田将人/デザイン・高橋達郎

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