被災地に笑顔 思い新た 聖火リレー来年へ期待 南相馬の男性走者

2020年3月25日 14時00分

仏壇の前で「被災地にいちばん笑顔が戻らないといけない」と話す上野敬幸さんと、娘の倖吏生さん=福島県南相馬市で

 東京五輪の延期が決まったことを受け、二十六日に福島県からスタートする予定だった聖火リレーは中止になった。東日本大震災の津波で二人の子と両親を亡くした同県南相馬市の上野敬幸さん(47)は、天国にいる家族に「心配しなくていいよ」という思いを届けたいと、笑顔で走るつもりだった。中止の決定に「来年かなと思って待つしかない」と、新たなスタート時も参加を希望している。 (森川清志)
 二十四日夜、自宅で妻の貴保(きほ)さん(43)とテレビを見ていて中止を知り「誰が悪いことでもないので仕方ない」と思った。前日までは「やるもんだと思って準備する。こういう状況なのでたくさんの方に(参加を)というわけにもいかないが、できることをやるだけ」と心構えをしていた。
 上野さん宅は海岸から約一キロの所にある。今月中旬に訪ねると、震災後に生まれた次女の倖吏生(さりい)さん(8つ)が仏間で勉強していた。新型コロナウイルスの影響で小学校は休み。仏壇には四人の遺影が並んでいる。上野さんは「被災三県の沿岸部は涙しかなかった」と、つらかった日々を振り返った。
 九年前の三月十一日、地震の大きな揺れが収まると、上野さんは勤め先の農協から自宅に戻り、長男の倖太郎(こうたろう)ちゃん=当時(3つ)=と両親の無事を確認。消防団員として住民の救助活動に向かった。三人は長女の永吏可(えりか)さん=当時(8つ)=が通う小学校へ避難すると聞いた。
 その後、自宅周辺を津波が襲った。上野さんは後日、自宅近くで永吏可さんと母親の遺体を見つけたが、倖太郎ちゃんと父親は見つからなかった。怖い思いをしながら亡くなった家族を思うにつれ、「天国から心配を掛けたくない」と笑顔にこだわるようになった。
 両親の農業を継いだ上野さんは、笑顔で空を見上げようと二〇一一年夏から自宅近くで花火大会を始めた。「子どもたちが笑顔で走り回る姿を見せたい」と一三年からは菜の花を植えて迷路を造っている。
 聖火ランナーは、一生に一度の機会だと思い応募した。「復興五輪」といわれる大会に、上野さんは「復興という言葉は人によって捉え方が違う。自分の中では、家族の死を受け入れて子どもと会話できた時が復興かな。まだ、そこには至っていない」と話す。
 倖吏生さんはきょうだいから一字ずつをとり、「生」を添えて名付けた。福島は原発事故が大きく取り上げられがちだが、津波で多くの人が亡くなった。「今ある命をどう守るのか、みんなが考えてほしい」との思いも伝えたいと考えている。
 リレーでは「被災地にいちばん笑顔が戻らないといけない。笑わなきゃいけないと思っています」と話す上野さん。その思いは来年へと持ち越された。

聖火リレーのスタート地点となる予定だった福島県の「Jヴィレッジ」。関係者が作業をしていた=25日午前

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