聖火で元気づけたい 聴覚障害と原発事故、試練2度

2020年3月21日 14時00分

聖火ランナーに選ばれた山中力さん。「がんばっぺ!福島川内」と書かれたTシャツ姿で各地のマラソンを走った=福島県いわき市で

 東京五輪の聖火がギリシャから到着し、国内での聖火リレーが二十六日に福島県からスタートする。聖火ランナーに選ばれた福島県川内村の病院職員、山中力さん(56)は若くして聴覚障害になり、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故では、家族と離れ離れになった。新型コロナウイルスの感染拡大防止のためリレーは無観客となったが、「自分が走ることで村を元気づけたい」。二度の絶望を乗り越えた心意気で歩を進める。 (安藤淳)
 「がんばっぺ!福島川内」と、胸に大きく書かれたTシャツを着て走ったマラソン大会はこれまでに八十を超える。
 原発事故の後、妻の実家がある栃木県小山市に避難した。次男は転校先で「原発、近寄るな」といじめにあった。山中さん自身も、避難先で面接を何度も受けたが採用されなかった。
 「悔しかった」。山中さんは趣味のマラソンで見返したいと思った。「福島から来た。文句あったら言え。がんばってんだ」という思いで、各地を走ってきたという。
 東京都庁に勤めていた二十歳のころ、感音性難聴の影響で両耳の聴力がほとんどなくなった。その絶望から山中さんを救ったのは、手話サークルのつながりだった。
 震災の時もまた「生きる気力を失った」と一度は思った。しかし、このTシャツを着て走ることで、沿道から「福島頑張れ、負けんな」という声に、後押しされ、元気が湧いてくる自分に気付いたという。
 当時の勤務先は、原発事故からの避難が困難を極め、多数の死者を出した福島県大熊町の双葉病院。地震当日は非番で、病院に戻れずそのまま家族と避難するしかなかった。多くの患者が亡くなり、前の日一緒だった同僚も津波に流され亡くなった。
 「復興五輪といっているけど、荒れ放題の双葉病院を見ると、何の復興もしていない。本当は五輪どころではないと思う」。震災から九年。いまだに、Tシャツ姿の自分とハイタッチを避ける人も。まだ偏見は終わっていないと感じる。「多くの犠牲の上に、東京五輪が開かれることを分かってほしい」
 生まれ故郷の川内村の避難指示が解除され、いち早く戻った。避難後に認知症になった父親を介護しながら、勤務先の福島県いわき市の病院まで毎日、一時間二十分かけて車で通う。九年を迎えた十一日も、職場で冥福を祈った。
 聖火リレーでは、応援してくれる人とつながっていると感じる。「自分が走ることで村に元気を与えられれば。一人じゃないんだ」

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